俺は家を出てあてもなく夜道を歩く。時刻は既に午後9時を過ぎていた。妻とのひと悶着を終えた俺はとにかくどこでもいいから居酒屋に入ってたらふく飲み食いしてやろうと考えていた。俺が怒ったら家計が火の車になるんだぞ、ざまみやがれ。と邪な思いと共に繁華街へと足を運んだ。しかし、さきほど食べたカレーライスがずしりと腹に居座っており、これ以上食べることを体が拒んでいた。早くもしくじった俺は仕方がないので繁華街をそのまま通り抜け海を見渡せるハーバーランドを目指すことにした。

歩みを進めること30分、俺はハーバーランドの海が見えるベンチに腰掛けていた。道中、コンビニで買った200円の翠ジンのソーダ缶を取り出しプルトップを押し込む。喉に流し込むと翠ジン特有のジュニパーベリーのスパイシーさが口いっぱいに広がっていく。年甲斐もなく夜に駆け出し、その興奮冷めやらぬ心の情動が酒の力もあって高揚感を高めていった。

夜の10時ごろとなるとあまり人気もない。遥か向こうの神戸学院大学を目視できるので空気は比較的澄んでいるのだろう。少し離れた先にあるポートタワーが赤々と光り、その近くにはカワサキワールドの歪な形をした建造物が闇夜を照らしている。座り込んだベンチの後方には赤レンガでできた建物が並び暖色系の照明によりその温かみを演出していた。そして目の前にそびえ立つタワーマンションの2階にあるエントランスではスーツを着た男性がスマホを耳にあてながら窓ガラスに向かってペコペコと頭を下げている。どうやら住人ではなく営業にでも来ているらしい。そんな一帯にある光源たちが夜の水面に反射され幻想的なのか近代的なのか、それは分からないが非現実的な空間を創り上げていることは確かだった。贅沢。田舎で生まれ育った俺の頭の中はまさにこの二文字に集約されていた。

波止にぶつかる波の音を肴に翠ジンを煽る。波は押し返され新たな波と入れ替えわり立ち替わりそしてまた波止にぶつかっては押し返されていく。耳を欹てるとメトロノームのように一定のテンポに従って音を奏でているように聞こえる。夜風が頬を撫で体の熱が次第に奪れていく中で、いつの間にか俺の荒んだ心は、凪いだ海辺のごとく静まりかえっていくのであった。などということは全くなくむしろ俺の怒りは最高潮に達していた。自分の意思で家出を決行したにもかかわらず、なぜ俺がこんな寒い思いをしなければならないのか?体が冷えて小便したくなったんだが?と体の熱が下がるのと反比例して俺の怒りは増幅していった。怒りの体感温度が摂氏45度を過ぎたあたりで俺のこの猛る思いが南極地点にまで到達し氷を溶かしてしまうのではないかと心配になったほどである。そうなると海面上昇を助長させこのハーバーランド一帯は海底都市と化し神戸市の土地評価額は暴落の一途を辿ることになるだろう。この事態を引き起こした張本人である俺は神戸市民から罵詈雑言を浴びせられながら集団リンチを受け短い人生にピリオドが打たれるに違いない。というくだらない妄想が頭の中で駆け巡り、気が付くと翠ジンソーダは空き缶となっていた。「・・・もう帰ろう」俺は寒さと虚しさに耐えきれず帰路につくのだった。

モザイクからかに道楽に続く道を歩いていると、道中にエルヴィス・プレスリーのモニュメントがあった。なぜここにエルヴィスの像があるのか分からないが、土日やイベントがある時は音楽好きの人たちがこのエルヴィス像に集ってギターを弾いたりスピーカーから音楽を流しているのをよく見かける。ギターをぶら下げ前方を見据える屈託のないその表情の彼は、これまでに一体どれほどのファンを魅了してきたのだろうか。俺はエルヴィスの像を眺めながら何故か大谷翔平選手のことを思い出していた(たぶんエルヴィスの顔がどこか大谷選手と似ていたのだと思う)。大谷君も大変だったろうな、と俺は思った。大谷選手ではなく大谷君と気安く呼ぶのは、俺と大谷君は今苦しみの最中にあるという一種のシンパシーを感じたからであり、そしてそんな共感を持たれていることなど大谷君は知る由もないだろうし知ったとしても迷惑以外の何物でもないだろうと思うが俺は大谷選手のことを大谷君と呼ぶことに決めた。大谷君は信頼していた通訳士から多額の金を横領された上に自身も犯罪の関与があるという嫌疑がかけられ選手生命も一時危ぶまれたのである。その損害額が20億円以上というのだから、仮に俺があの世とこの世を複数回行き来し、その生涯年収を合算してもこの金額に辿り着けるかどうか疑問である。俺がこんな犬も食わない夫婦喧嘩でヤケ酒を起こしているのだから大谷君も飲まなきゃやってらんないだろう。いや、何事においてもビッグスケールの彼のことだからきっとアルマンドブリニャックをラッパ飲みくらいはしているだろう。愛犬のデコピンくんも(デコピンちゃんかもしれないが)彼のヤケ酒に付き合いA5霜降りステーキをレアで召し上がっていたりするのかもしれない。おいおいどこまでビッグなんだ、あんまり俺を卑屈にさせないでくれよ。とこれまた大谷君の与り知らないところで俺の妄想癖が暴走していくのだった。話を聞いてくれるのは目の前にいるエルヴィスただひとりである。

家庭のルールを守り、会社のルールを守り、社会のルールを守り、たまに窮屈に感じてはにこうやって怒りを爆発させて世間から逸脱した行動に走り、あとに残るものは瘦せこけた満足感と肥大した後悔、そして出来てしまった家族との距離感である。なぜこんなことになるのだろう。答えは簡単でそれは俺が弱いからである。原因は周りにではなく常に自分にある。これは俺が34年かけた人生の中で見つけ出した一つの真理だ。だが、と思う。だが、それでも俺だって頑張ってるじゃないか。エルヴィス・プレスリーや大谷翔平とまでは言わないが俺はこれでも必死こいて頑張っているはずだ。俺は心に疼くわだかまりが目から溢れ出さないよう背筋を伸ばしエルヴィスを睨みつけ強がることしか出来なかった。途中、2、3人が俺の後ろを通り過ぎたがエルヴィス像にガンを飛ばす俺のことをきっとヤバい奴だと思ったに違いない。

新開地通りを過ぎたあたりで俺は重要なことに気がづいた。今日の俺はまだ200円しか使っていないことに。啖呵をきって家を飛び出し挙句、虚無感に苛まれた俺の心中にたった200円の出費ではどう考えても費用対効果が釣り合わない。まだ俺の腹の中にはカレーライスが在籍していたが、もうかまうもんかと目の前にあったラーメン屋「らーめん豚の助」に飛び込んだ。ここは過去に一度だけ来たことがあり、俺はとんこつより醤油派で神戸もっこすや神戸第一旭の方が好きなのであるが、ここも美味しいと感じていた。ずんどう屋が好きな人はきっと気に入ると思う。カウンターに座った俺は、こうなったらめちゃくちゃ濃厚なものを食ってやろうと決意して「超濃厚どろらーめん」とにんにく4欠片をオーダーした。これが名前負けしないほどの超ドロドロで(なんとスープにレンゲが立つのである!)美味しかった。ニンニク4つをクラッシュしてラーメンに注ぐとニンニク特有のピリッとした辛みと食欲をそそる香ばしい風味が広がり手が止まらなくなった。気が付くと胃袋に鎮座していたはずのカレーライスは活性化された蠕動運動により既に小腸へ移動しており、その様子はさながら自民党元幹事長の二階さんがひっそりと退陣するかのようであった。胃袋から去り際に「ばかやろう」とカレーライスはつぶやいたかもしれない。

時刻は11時30分、腹いっぱいになった俺は自宅に戻り寝室で寝静まっている妻と子供たちの隣で歯も磨かずそのまま布団にダイブして寝落ちした。翌朝、俺はえもいわれぬ強烈な刺激臭で飛び起きた。それは自分の口内から発せられていることに気が付いた。これは俺の生誕34年の歴史において観測史上3番目に強い口臭と認定された。愛犬のなつがルーティンで毎朝俺の口をぺろぺろと舐めるのだが今日は舐めた直後からくしゃみが止まらなくなっていた。

 

つづく