家事育児に対し消極的である俺だが、そんな俺にも日課というものがある。それは犬の散歩である。

他にも風呂場やトイレの水回りの掃除もあるがこれは休みの日限定ということで日課とは呼ばないようにする。こういう控えめな表現ができてしまうところが俺の素晴らしいポイントであると思うのだがそんな俺を誰も褒めてくれないので、俺自身が褒めておく。

子供たちがYouTubeでおさるのジョージに夢中になってる間、何もすることがなくなった俺はなつ(犬)と少し長めの散歩に行くことにした。俺と妻の関係性を走れメロスに登場するメロスとディオニスのようだと形容したが、さしずめこいつはセリヌンティウスといったところだろう。俺となつはメロスとセリヌンティウスのように強い絆で結ばれている(と信じたい)。原作同様にメロスに振り回されるセリヌンティウスのように俺の気分次第で散歩時間が15分から3時間ほどの振れ幅が生じるにもかかわらずこいつは文句も言わずについてきてくれるのだ(ついてこさせてる可能性も否定できないが)。乳児期に風呂を入れたことがない俺であるが5歳と3歳になる子供ならば俺も風呂に入れることができるので、休みの日は一緒に入ることが多い。なつの散歩から帰ったらあいつらを風呂に入れてやらないと。妻の負担を少しでも減らしてやらないと。そんな風に考えていた。世の奥さまたちはきっと、俺のこのしてやってる的な物言いにイラッとくるかもしれないが以前妻から「そのしてやってる感を出すのやめて。あとドヤ顔も」と言い放ち、してやってる感の方に20%ドヤ顔の方に80%の比重を込めてダメ出しを食らったことがある。俺の顔は相当ドヤっていたようでたぶん心の奥底からしてやってる感を持っているのだろう。これはもう俺の人間性によるところが大きいので悪気はないとしか言いようがない。

家に帰ると子供達はまだYouTubeを見ていた。おさるのジョージではなく子供をターゲット層にしているユーチューバーがホラーゲーム実況をしているのを見ていた。これが大人の視点からするとめちゃくちゃつまらないのだが、子供たちは瞬きの時間すら惜しむようにその動画を目に焼きつけている。俺はこんなホラー実況よりも弟者が配信したポピープレイタイムのハギーワギーが襲いかかってくるシーンを見たくなった。

我が家では(というか妻のルールブックにおいて)YouTubeが見られるのは俺が休みの時だけとなっている。ついでに言うとプライムビデオとかは平日でもOKということになっておりドラえもんやコナンは見放題である。「ねぇパパは次いつが休みなの?」という世のパパたちを悩殺するパワーワードも俺の子供たちが言うと「次YouTube見られるのはいつだろう?」と脳内変換されるため少し悲しくなってくる。いや、長男はまだ言葉を着飾って一応俺に義理を立てるところがあり、それはそれで可愛いやつなのだが次男に至っては「ねぇ次はいつYouTube見れるの?」直通で俺に聞いてくる始末である。無邪気さも度を越すと大人のハートを砕く破壊力があるのだ。

子供たちに「おーいそろそろYouTubeやめて風呂に入るぞー」と声をかけると「今日はママとお風呂に入るー」という返事がくる。最近こいつらは俺と風呂にあまり入りたがらない。これには実は理由があり、チンチンの皮を剥いて洗うか洗わないか問題というものがあるのだ。うちの妻は剥かずに洗う派で「そんな汚れなんかたまってないんやからえーやん」と言うのだ。これに対し俺は剥いて洗うこと推進派で「いーや今のうちから慣れさせとかんと大人になったとき困るから」と一体何に困るのだろうかと疑問に思われるだろうが俺は別にそこまで言うつもりはない。とにかく俺と妻の間ではこの意見が対立しており、子供達は当然妻の意見に賛同しているのである。というのもデリケートな部分を洗うのだから痛いとは言わないまでも、そこそこ刺激があるのである。例えるならサンテFXネオを初めて使った時の「きたー!」という感じである。俺はシャンプーにかけてはその手のプロなので全身(頭と顔を含む)を洗う所要時間は3分とかからないが子供はそれでも嫌がっているというわけだ。ついでに言うと剥いて洗うのは10回風呂に入って2〜3回程度であり頻度はそれほど高くはない。

俺は別に子供が嫌いではない。というか好きである。だから子供たちと風呂に入るのも俺にとって楽しみの一つだ。その楽しみの過程において妻の負担が減らせるのであればそれはWin-Winというものだろう。そして俺は今日子供たちと風呂に入ることになっても簡易版で済まそうと考えていた。つまり剥かずにササっと洗うということで、子供が俺と入るのを拒む理由はないということになるのだ。それでも頑なに「ママと入る」という意見を変えないので「パパと入るならYouTubeあともう少し長く見られるぞ」と俺が奥の手を出すことにした。すると妻が笑いながら「卑怯やなぁ。そんなセコいことせんでもいーのに」と言ったのである。俺はこの言葉にカチンときたのである。俺は半分は子供たちと風呂に入りたいという気持ちがあったが、もう半分はお前の負担を減らすためにやっとるんやろがい。とここで俺の良くないマインドのしてやってる感が顔を出してきたのだ。俺は基本的に妻と口論になることは滅多にない。俺が黙り込んで何も喋らなくなるからだ。この場合においても俺は黙秘を決め込み、妻と話すことをしなくなった。妻も長い付き合いだから俺がヘソを曲げたことを感じ取り、そこから何も追い討ちをしてこなくなった。俺の興は削がれ「ほなママと入ってき」とそっけなく言い俺はイスに腰掛け石像モードに移行した。

この日の夕飯はカレーライスでありキッチンから漂うルーの奥深い香りに食欲が駆り立てられた。俺はカレーが大好きである。こんな気分じゃなけりゃ全身から喜びのオーラを放ちココリコ遠藤の持ちネタのホホホイを全身全霊をもって妻に披露していたに違いないのに。やがてカレーライスがテーブルに運ばれ俺の目の前にコトリと置かれた。空気が重いだけに「どうぞ」や「召し上がれ」といった声かけすらない。俺はなかなかカレーに手をつけることができない。俺のこの変な強がりは昔からなのだが、とにかくケンカした時はどんなに腹が減っていても口をつけられないのである。そうこうしているうちに子供たちと妻が先にご飯を平らげ、後片付けをし始めた。子供たちはまたYouTubeに夢中である。片付けがひと段落し、妻が子供たちに声をかける。「お風呂入るからもうYouTubeおしまーい」すると「やっぱりパパと入るー」という返事がきた。

俺はこの瞬間にブチギレた。

テーブルをばちんと叩き「どっちなんやゴラァ!」と咆哮した。俺はこの時、2つの意味で怒っていた。まず最初から俺と風呂に入ると言っていれば俺も美味しくカレーを食べることができたこと。そして妻の前で渾身のホホホイをおみまいできたはずということだ。2つめは意見をコロコロ変えて自分の信念が無いということに(5歳の子供にこれを言うのも酷かもしれないが)怒りを覚え言わずにいられなかったのである。

これに続けて俺の怒りは妻にシフトしていく。振り返るとそこには眉間に皺が刻まれたディオニスよろしく俺のケンカを受けて立つ準備万端の妻が仁王立ちしていた。俺は勢い込んで「俺は意見をコロコロ変える奴が嫌いなんじゃあ!」と妻に言い放つ。「なんで私に言うの!」と妻。「お前のせいやろがい!」と俺。「知らんわ!」と妻。言葉だけでは全く理解不能なので注釈すると、妻の教育方針は間違っている、妻のルールブックでは子供がクソガキになってしまう、ということを言いたかったのである。ワンオペさせといてその言い草はないだろうという妻の思いは承知していたが俺はもう何かいろいろと思うことがあってこの日にそのすべてが放出されてしまったのである。

妻は俺を無視して子供たちを連れて風呂場へ連れていく。「はよカレー食べて!洗いもんできんからっ!」と脱衣所から声が聞こえる。「あー?これ食っていいんか!何も言われんからわからんかったわ!」と火に油を注ぐように悪態をつく俺。

ちきしょう食ってやる。もう食ってやる。そして食ったあと出てってやる!俺はケンカをした日は喉に何も通らないと豪語しておきながら皿いっぱいのカレーライスをいともあっさりペロリと平らげた。不覚にも旨かった。おかわりがほしいと思った。

そして俺は家出を決意した。財布に5,000円を忍ばせ「もう俺は絶対帰らん!後悔しやがれ!」と口には出さず心で叫び、そして情けないことにこういう場面においても俺は妻のルールブックに従い食べ終わったお皿はきちんとシンクの中で水をつけることを忘れずにやっておいた。

メロスは激怒して夜の街に駆り出した。ディオニスも激怒して風呂場で鎮座した。戦場と化したリビングに残されたのは愛犬セリヌンティウスただひとりだった。


つづく