昨日、妻とケンカした。

理由はほんの些細なことであったがこれまでに蓄積されたフラストレーションが一気に噴き出し癒しの空間であるはずのリビングが瞬く間に戦場と化したのである。

妻は家庭内カーストにおいて常にトップに君臨する傍若無人の猛者である。妻の自分ルール施行により朝の起きる時間から食事の時間制限に至るまですべて管理されこれを逸脱した者にはきついお仕置きが待っているのだ(逸脱するのはほぼうちの子供だが)。俺に至ってはテーブルでの食べこぼしを防ぐ目的で過度な前傾姿勢を強要されたりトイレが臭くなるからという理由により朝のトイレは一番後回しにされる(ちなみに俺はお腹がとても弱い)など人権侵害スレスレのラインを命令してくるのである。その鬼畜っぷりは走れメロスに登場する王様ディオニスを軽く凌駕するほどで、その場合俺は誰と重ねるかというと当然メロスになるわけだが、そのメロス自身も聖人君子とは言いがたくあけすけに言ってしまうと沸点の低いバカなのであるが(勝手に友達を人質に差し出したり寝坊したり諦めたりする)、つまり何が言いたいかというと俺と妻の関係性はメロスとディオニスに酷似しているということだ。

自分で言うのもなんだが俺は家事育児に関してとても消極的である。自慢ではないが子供のオムツも替えたことがなければ乳児期に風呂を入れてやったことすらない。すべて妻がやっているのだ。これは別に俺が役立たずということではなく(実際には役立たずなのだが)妻の寸分狂わぬオペレーションの邪魔をしない俺なりの配慮なのである。俺は帰宅するとまずリビングにある椅子に腰掛けスマホを眺め動かなくなる。これに関して妻は腰が重いだのまたスマホ見てるだのと俺を罵るのだが、俺があちこち室内を移動するものならそれはそれで気が散るだの邪魔だのと言われてしまうのである。故に俺は椅子から一歩も動かない石像と化すのである。トヨタ生産方式顔負けの妻のスピーディな身のこなしは石像の俺から見ても一点の無駄がなく、これをYouTubeに投稿したらバズって一儲け出来るんじゃないか(もしかしたらトヨタから新トヨタシステム考案のオファーが来るのではないか)と思ってしまうほどだ。家庭では毒夫と大変不名誉な称号を得ている俺だが、俺は俺でいろいろと考えた末にこの答えに辿り着いたのである。一見0を指した秤も実は一周回ってそこにいる0なのだ。世間の家事育児に無関心な旦那とは同列に語ってほしくないという俺のささやかなプライドである。

家庭内カーストにおいてトップが妻ならばその次は俺だろうという思いがあったのだが、これが近年新勢力によって覆されつつある。妻の血を引く長男坊の存在だ。もちろん正真正銘俺の子でもありもう半分は俺の血を引き継いでいる。その証拠に朝はめっぽう弱く5回ほど声をかけないと(最終的にはケツをひっぱたいて起こすのだが)起きない、朝のトイレは便器に立たせてもズボンも下ろそうとしないから俺が脱がせてやったりと、完全にマグロなのである。そのくせ妻譲りの強情な部分もあり、お互いのダメな部分両方を受け継いでいるという一体なんの因果だろうこいつはとんでもないカルマを背負ってこの世界に生まれてきてしまったのである。そんなものだから最近ではYouTubeを見せろ見せろとうるさい。俺は父親の威厳を保つために(というか俺が見たい番組があったので)「だめ!今日はパパが見る番!」と突っぱねたのだ。ところが、である。我が家の絶対的権力者である妻が「えーやん見せたりーよ」と言ってきたのである!この一言を聞いた長男坊は目を輝かせ俺の手中にあったリモコンをひったくっていく。俺はこの時、頭の中では家庭内カーストの順位が下位にランクインされてしまうのではないかと危惧した。子供1人ならまだ俺には敵わないだろうがそこに妻の威厳を後光に輝かせてはいくら俺でもひれ伏すしかない。我が家には子供が3人いるが、そうなってくると俺の立場はどんどん下位に転落するのはもはや時間の問題である。あとに控えるのは犬のなつだけであるが、こいつも最近妻には腹を見せるくせに俺にはワンと吠えるだけである。もしかしたらなつの中では俺は既に格下の存在に位置付けられているのかもしれない。

後のことを想像しただけで戦慄を覚える。子供は呑気にYouTubeでおさるのジョージを見ている。引越した時に奮発して購入したSONYのブラビア55インチ。これで迫力のある映画をポップコーンとビールを持って鑑賞するんだと夢想したのは遠い記憶。今はおさることジョージと思しき猿が巨大な画面の向こう側で「フギィーウキー!」とか言いながら町の住人とトラブルに巻きこまれている。俺はこんな猿を見るために10万以上もするテレビを買ったんじゃねぇ。俺の心はささくれ立っていくのだった。


つづく