主人の今後を決めなくてはいけない中で、一番辛かったのは大腸全摘、まではありだとして、小腸亜全摘…どこまで小腸を切るかというより、残すかを決めなくてはいけないことでした。
そもそも、大腸をとったからといって良くなるわけではない。炎症が強いから、とってみて良くなる可能性にかけるというだけ。
おそらく大腸は全て炎症しているから、カメラでは見れないが小腸も炎症があるだろうと。それをどこまで残すかっていう話でした。
一生人工肛門は決定。
小腸をとれるだけとったら、もしかしたら良くなるかもしれない。だけど、一生中心静脈栄養になる。口から物を食べるのは、本当に少しで、味わう程度。
栄養の吸収が出来る程度に小腸を残すとしたら、快復すればご飯も食べられるようになる。ただし、炎症を残したままにすることになるかもしれないから、そうなったら快復は難しいかもしれない。
主人は、次目覚める時にもう人工肛門になっている。それはつまり、今誇りをもって働いている部署に戻ることは仕事上不可能ということ。
それだけでなく、フルタイムで働くことも難しくなる。
仕事に誇りをもっていた。家族を養うことが自分の役目だと思っていた。そして、食べることが大好きだった。そんな人だから、回復した時に、好きなものをお腹いっぱい食べられない。仕事も出来ない状態になったと知った後の事は、簡単に想像できた。
もし、自分だったら。そんなこと考えても仕方ないけれど。
「どうして最初から諦めたの?もしかしたら小腸あっても回復したかもしれないじゃん!」と、思うだろうなって。
生きるって、食べること。口から食べる、これは本当に大事。中心静脈栄養を否定してるわけじゃない。そうじゃなくて、やっぱり口から物を噛んで食べるって、生きる上で必要な事なんです。
今は医療が発達したから色んな方法があるけれど、口から食べるって本当に大切。
生きることをやめる時、人はだんだん物を食べなくなる。食べれなくなる。
辛いことがあっても、お腹がすくなら体はちゃんと生きようとしてる。
喉が乾くなら、体は頑張ろうとしてる。
皆そんなに弱くない。でも、決められない。
助からないかもしれない。助かっても、辛いだけかもしれない。
浮腫んで2倍になった主人の体を見て、周りなんて気にせず話しかけた。
「ねぇ、起きてよ。どうしたい?私一人じゃ決められないよ。教えてよ。それかいつもみたいに決めていいよ✨って言ってよ。そしたら私ちゃんと決めるから。お願いだよ…」
でも、何の返事もない。答えを出すまで、そんなに時間の猶予はありませんでした。