生まれた時から、DVな家庭に育った私の子供時代、毎日繰り返される罵声や暴力から逃げるために、兄弟達は皆自室に閉じこもった。私も一時部屋に逃げ込んだ時期もあったが、それは逆効果だという事が分かった。
部屋に閉じこもったところで、父の怒鳴り声が聞こえない場所などありはしない。それよりも、自分が見ていないところで、母親が殺されてしまったらどうしよう…。その恐怖に耐えられず、結局部屋から出てくる。
しかし、私が母を庇おうとすればするほど父の怒りは増してくる。
恐怖と怒りと諦めの入り混じった複雑な気持ちを抱え、ただただ父と母に背を向けて、茶の間にあるテレビにかじりついて見ていた。もちろんテレビの内容なんか全然頭に入ってこない。背後で繰り広げられる理不尽で被害妄想チックな父親劇場を背中に目をつけてジッと見張っていたのだ。
家で勉強など、私はした記憶がない。こんな家庭環境だったからと、言い訳はしたくないが、しかし、それにしては成績は悪くはなかった。テストの直前に教科書を集中して記憶すると、なんとか中学までのテストは乗り切れた。
私の視力がどんどん落ちていったのは、一生懸命勉強したから…なんてことはもちろんない。もしかしたら、世の中に見たくないものが多すぎて、自分で見えないようになれと暗示をかけたのかもしれない。
そんな子供時代を過ごした私の夢は、当然のことながら"平和な家庭"である。
実は子供時代、ちょっとだけ平和な時期があった。
父が遠くに住み込みで働いた時期だ。どれくらいの時期だったのか、覚えてはいないが、父がいないとこんな楽しい暮らしが出来るんだ!と分かり、とにかく父が帰ってこないようにと、ゴマスリの手紙まで書いて父に送った。
しかしその後、最悪の形で、父は帰ってくる事になる。