父の留守中に家が火事になり、弟がひとり亡くなった。知らせを受けて帰ってきた父は、それきり仕事には戻らなかった。

弟の告別式の時、私は初めて父の涙を見た。
人目も憚らず涙を流し、下を向いた父の鼻の先から、ぽたんぽたんと涙が落ちた。私にとって、その光景は衝撃的で、今でも情景が蘇る。


そして、再び地獄の毎日が始まった。
私達家族は、みんなでお互いを傷つけあった。
私は、ずっとこう思って過ごした。

弟の代りに私が死ねば良かったのに…!

何もいい事がなかった。
家も学校も、世の中全部が大嫌いだった。
生きる覚悟も死ぬ勇気もない私は、ただただ日々が過ぎるのを待っているかのようだった。

そんな子供時代を過ごしたからなのか、大人になってからの私には、自分の気持ちを飲み込む癖があった。

いつも"喧嘩にならないように""相手を不愉快にさせないように""争い事を起こしてはいけない"と思ってしまう。

微笑みながら溜め込んで溜め込んで溜め込んで溜め込んで溜め込んで…(普通の人よりもおそらくここの回数が異常に多い)、そしてある時、取り返しのつかないところまで辿り着く。人間、一生我慢など出来はしないのだ。

そんな自分の問題点を、今ならばはっきり分かる。
自分の本心を伝えることもせずに、ただ自然に相手が自分の思い通りに変わればいいと思うなんて、なんて傲慢な人間なんだ!?

しかも、それでちっとも変わらない相手を悪く思うって、どんだけ自己中なんだ!?

周りの人達には、それぞれの価値観があって、良かれと思ってやっている事なのだから(たとえそれが自分の意に反した事だったとしても…)誰も意地悪をしてやろうなんてしていない。勝手に被害者ぶっているのは、自分自身なんだ。

そして、はたと気付く。
被害者…?

私は母に似たとずっとずっと思ってきたけれど、そういう所、父にも似たんだ。

父は、19年もの長い間介護状態で、社会と隔離された状態だったにもかかわらず、告別式には、会場に入りきれない人が駆けつけてくれた。その方々の話を総合すると、極悪非道な家庭人だった父は、外ではとても親切で、頼まれたら何でも引き受けてやってくれる良い人だったらしい。