僕は愛弓さんと約束した11時に間に合うように板橋区役所前駅に向かった。
ところが改札口近くの切符売り場の所にいた愛弓さんの横には茉莉子さんがいた。
僕が行くと、愛弓さんは茉莉子さんと池袋駅で会ったと言った。そしてここまで一緒に来たと。
茉莉子
「偶然、池袋駅で愛弓と会ってね。一緒にクリスマスをやろうと誘って連れて来たの。鈴原も誘うつもりだったから、良かった、何処かに出かける前に会えて。」
僕
「茉莉子さん、年明けまで帰省していると言ってませんでしたか?」
茉莉子
「今日から年末までのスケジュールに余裕が出来たから東京に戻ったの。それに鈴原とクリスマスイブを過ごしてあげないと鈴原にも悪いから。」
愛弓
「ちょっと待って! 茉莉子さん!」
大きな声を出した愛弓さんに、茉莉子さんも僕も驚いた。
茉莉子
「愛弓・・・」
愛弓
「茉莉子さん! 自分の彼に、クリスマスイブを一緒に過ごしてあげないと悪い、なんて言葉ある!?
茉莉子さん、私、女だから分かるよ。
数学の先生に冷たくされたんでしょ?
クリスマスイブを一緒に過ごせなくなっちゃぅたんでしょ? 違いますか?
さもなければ、クリスマスイブに東京になんて帰って来ない。
茉莉子さんは、男女平等は教育から、だと言った。
確かに私もそう思う。
でも私は、教育よりも前に男女平等は愛情からだと思う。
ジョンレノンが産まれたばかりのショーンくんをおんぶ紐で抱っこして、買い物袋を持って歩いていたのは
男女平等を実践しようと思ってしていた訳ではないと思う。
ジョンレノンは奥様のオノヨーコさんを愛しているから、そうしたんであって、それが結果として男女平等になった、ということだと思う。
ジョンレノンは女性のオノヨーコさんに、子供を抱っこさせたら重くて可哀そうだ、買い物袋を持たせたら可哀そうだ、と思って自分でやったんだと思う。
自分の奥様への愛情が結果として男女平等になったんだと思う。
自分の奥様に料理も洗濯も掃除も子育ても、挙句の果てに自分の親の面倒も全てやらせる男の人は、自分の奥様を愛していない! もしくは、本当に愛する女性と結婚出来なかった、の何方かでしかない!
本当に自分の奥様を愛しているなら、自然とジョンレノンと同じことが出来るはず。
女が男女平等を訴えるならば、女も男に対して平等対等でいなくてはいけない。
今の茉莉子さんは、そうじゃない!
鈴原くんを本当に好きなら、クリスマスイブを一緒に過ごしてあげる、なんて言葉は出て来ない。
この言葉は、男女平等だとは思えない。
私が茉莉子さんだったら、鈴原くんを一番弟子にする
ブービー賞になんて絶対にしない。
私は男女平等だけじゃない。何でも全部、鈴原くんを1番にする。」
茉莉子
「愛弓・・・」
愛弓
「私は鈴原くんのことが好き。茉莉子さんよりも好き
茉莉子さんよりも鈴原くんを大切にする。
私の方が鈴原くんを幸せに出来る。絶対に出来る!
鈴原くん、私と一緒に来て!
いいから来て!
私とふたりでクリスマスイブを過ごして!」
愛弓さんはそう言うと、少し茫然としていた僕の腕を掴み引っ張るようにして歩き出した。
僕は自然と愛弓さんと歩き始めた。
愛弓さんは涙をこぼしながら歩いていた。
愛弓
「私、何か、悔しい。鈴原くん、茉莉子さんに負けないで。それから鈴原くん、今から必ず私のことを
愛弓って呼び捨てにして。さんを付けたら引っ叩くからね。
私は鈴原くんのことを優雨樹って呼ぶから。」
僕
「クリスマスプレゼントを持ってるんだ。」
愛弓
「値段は?」
僕
「ゼロ円。」
愛弓
「そう来ると思った。優雨樹は絶対0円の物を持って来ると思ってた。開けて見てもいい?」
僕
「いいよ。」
愛弓は包装紙を取り、レコード針の入っていたプラスチック製のケースに入った黒いダイヤモンドを見た。
愛弓
「綺麗・・ これ宝石なの? 嬉しい。」
僕は黒曜石の話しをした。
愛弓
「私、これ、優雨樹が私のことを好きって証拠だと思うからね。好きでもない女の人のために、そんな寒い所で、しかも川の中からこの黒いダイヤモンドを探そうとは思わない、と思うから。いい?」
僕
「いいよ。」
愛弓
「私のプレゼントは優雨樹の部屋で渡すから。
私の勝ちにして欲しい。
クリスマス料理の買い物をしよう。」
僕
「その前にお昼を食べようよ。お腹が空いちゃったよ」
愛弓
「お昼は私のこのバッグの中にあるの。クリスマスケーキもね。」
僕
「僕がそのバッグを持つよ。」
愛弓
「バッグはいいから、クリスマス料理の材料を持って」
クリスマス料理の材料を買って僕のアパートに戻った
郵便受けに茉莉子さんからの手紙が入っていた。
愛弓、鈴原
これから地元に戻る。
彼に、例え10分でもいいから、クリスマスイブを
一緒に過ごして欲しいとお願いするつもり。
私が卒業した後のことは任せたよ。
それから鈴原、
私の弟子と正式に認めたのは愛弓と鈴原の他に同じ
サークルの美由紀だけだよ。
愛弓はやはり1番弟子。
どのみち鈴原はブービー賞だったよ。
茉莉子
愛弓
「これで良かったのよ。
鈴原くん、私の作って来たお昼ご飯、食べて。」
僕
「愛弓、今、僕のことを鈴原くんと呼んだよ。」
愛弓
「そうだった。ごめんなさい、優雨樹。
私の作って来たお昼ご飯、食べて。」
僕は階段を登った所にある共同の洗面所の窓から
外の景色を見た。
この景色を今日から愛弓と見て行くことになる
と思った。
つづく