10月に入り、僕は茉莉子さんと多摩動物公園にハイキングに行った。
茉莉子さんがお弁当を作る、と言ったけれど、
僕が用意すると答えた。
僕は大きめのリュックを背負って出かけた。
午前中にゆっくりと多摩動物公園を見学した後、
多摩テックに移動することにした。途中でお昼を食べることにした。
*これは1980年のことです。多摩テックは2009年に廃園になっています。
茉莉子
「鈴原、これ何?」
僕
「コンパクトガスストーブ。1人用のアウトドアの
ガスコンロみたいな物。」
僕はコンパクトガスストーブを組み立て小さなガスボンベにつなぎ火をつけると、茉莉子さんは面白そうに見ていた。
僕はオイルサーディンの缶詰めを温め、薄く切った
マスタードを塗ったカンパーニュにのせて茉莉子さんに渡した。
茉莉子さんは美味しいと言って食べてくれた。
僕は鍋でお湯を沸かし、その中に持って来た小さくカットした野菜とベーコンとコンソメを入れてスープを作った。
茉莉子さんはスープも美味しいと言って食べてくれた
僕はアウトドア用のフライパンを出し、卵入れケースから卵を2つ出して目玉焼きを作り、塩胡椒して、
薄く切ったカンパーニュにのせた。
最後はコンパクトガスストーブでパーコレーターで
珈琲を淹れて、持って来たチョコレートを食べながら飲んだ。
茉莉子さんは、私、こういうの初めて、と言って喜んでくれた。
多摩テックで遊んだ後、帰りの電車のなかで茉莉子さんは、またハイキングに行こう、今度は私がお弁当を作るから、と言った。
その次の週の日曜日、僕は茉莉子さんが海が見たいと
言ったので、三浦半島にハイキングに出かけた。
僕は、この時のハイキングのことをよく覚えている。
茉莉子さんとの別れの始まりだったからだ。
僕
「茉莉子さん、これ焼きおにぎりだよね?」
茉莉子
「そうだよ。焼きおにぎりと言えば普通は醤油よね?
ところが、私のお母さんの作る焼きおにぎりは塩の
焼きおにぎりなの。食べてみて。」
塩の焼きおにぎりは素朴な味がして美味しかった。
茉莉子さんは何かを考えていた。
茉莉子
「この間、実家に帰った時、就職予定の女子高に挨拶に行った。その時に数学の先生と出会った。その先生は男の人なのに男女平等の必要性を生徒に教えている
人だった。
初めて会った時に、もしかしたら私はこの人と、と直感で思った。
その人とは、そこで会っただけだから信用して欲しい
でもこの人はもしかしたら私のと思ったことも事実。
私は、このことを隠しておくつもりはなかった。
でも、今、鈴原と別れるつもりもない。
鈴原と別れることになるまで、鈴原を他の女に譲るつもりもない。
鈴原には無茶苦茶に聞こえるかもしれないけど、
これが女。女のわがまま。女の意地でもあるの。
私がそういう人と出会った以上、鈴原がそういう人と出会っても私は文句は言えない。
でも、だからと言って、ああ そうですか、と言って
簡単に譲る気持ちもない。
何回も言うけど、自分でも無茶苦茶言ってるのは分かる。でも女ってそういうものだと思って。」
三浦半島から戻り大山駅を降りると雨が降って来た。
僕は茉莉子さんと走り僕のアパートまで行った。
夕ごはんは茉莉子さんがチャーハンを作ってくれた。
茉莉子さんは、雨で身体が冷えちゃったから、と言って僕の布団に入って来た。
その次の週の土曜日、僕は大学の帰りに渋谷まで行き東急ハンズで買い物をしていた。
一通り買い物を済ませ、外国製のお菓子を見ていると
あれ、鈴原くん? と言う声が聞こえた。
振り向くと愛弓さんだった。
愛弓
「東急ハンズにはよく来るの?」
僕
「はい、東急ハンズみたいな店は好きなのでよく来ます。それより茉莉子さんに、今日の夜は愛弓さんも一緒に夕ごはんを食べると聞いたんですが。」
愛弓
「そうよ。私のお家の昨日の夕ごはんは栗おこわだったから、多めに作って持って来たの。」
僕
「それでそんな大きなバッグを持ってるんですね。僕が持ちます。」
愛弓
「ありがとう。ねえ、一緒にパフェ食べない?鈴原くんって甘いものが大好きなんでしょ?美味しいお店があるの。行こう。」
愛弓さんはフルーツパフェを頼み僕はチョコレートパフェを頼んだ。大きな器に入ったパフェだった。
下半分にはコーンフレークが入っていて、溶けたアイスが混ざって美味しかった。
愛弓
「この間、茉莉子さんとお酒を飲んだのよ。」
僕
「茉莉子さんから聞きました。それも焼肉を食べながら大ジョッキのビールを飲んだって聞きました。」
愛弓
「そうそう。女ってね、酔うと結構本音トークするんだよ。茉莉子さんって、朝方になるとゴロニャ〜ン
みたいに鈴原くんに甘えるんだって?私、ビックリしちゃった。茉莉子さんがね〜、って思った。」
僕
「そんなことまで話してるんですか?」
愛弓
「そうだよ。男の人が思っている以上に実情は知られてるものなんだよ。」
僕は茉莉子さんと池袋から東武東上線に乗り換え大山駅で降りて歩き始めた。
夕方になったせいか子供達が走って帰って行く姿をよく見かけた。
茉莉子さんの部屋には電気が付いていた。
渋谷の東急ハンズで偶然会って一緒に来たと茉莉子さんに伝えた。
愛弓さんが持って来てくれた栗おこわは美味しかった
茉莉子さんの作ったお吸物も筑前煮も美味しかった。
食後、スナック菓子をつまみに僕は缶ビールを茉莉子さんと愛弓さんは、サントリーのカクテルシリーズのシンガポールスリングを炭酸で割って飲んだ。
僕が眠くなって来ると、茉莉子さんは先に寝ていいよ
と言った。
僕はさっと布団を敷き眠った。
深夜だったと思う。
茉莉子さんの、鈴原がここに寝ちゃったから、鈴原の
両横で眠るしかないね、と言う声が聞こえた。
愛弓さんは泊まって行くんだと思った。
窓の外がほんの少しだけ明るいのを目が冷めた時見つけた。
僕は僕の腕に寄り添う様に眠っていた茉莉子さんを
自分の方に抱き寄せた。
その時、僕は茉莉子さんのシャンプーの匂いが変わっていたことに気付いた。
そして、それが何故か悲しかった。
茉莉子さんが顔を上げようとしないので、耳の少し下にキスした。
そして、僕はそのまま目を閉じた。
鈴原、起きて。と言う茉莉子さんの声で目が覚めた。
茉莉子さんがキッチンで朝食を作っていた。
茉莉子
「廊下の水道で顔を洗ったりして来て。戻って来たら
お味噌汁を作って。」
僕は葉を磨き顔を洗うと、シェービングクリームをつけてカミソリで髭を剃り始めた。
すると愛弓さんがスポーツタオルと洗顔セットを持って来て僕の隣りの水道の所に来た。
愛弓
「鈴原くん、おはよう。」
僕
「おはようございます。」
愛弓
「私、男の人がカミソリで髭を剃るの、初めて見た。
少し見ていていい?」
僕は髭を剃り終わると顔を洗いタオルで拭いた。
愛弓
「鈴原くん、私に敬語使うの止めて。朝方、顔を上げなくてごめんね。いきなりだったから。耳のところに
キスされると思わなかった。
鈴原くん、私、怒ってないからね。」
僕は体中がさっと冷たくなったと思ったら、身体全体が熱くなって来るのを感じた。
茉莉子さんがシャンプーを変えたのではなくて、愛弓さんのシャンプーの匂いだった。
愛弓さんは少しうつ向きながら歯を磨いていた。
後戻り出来ない微妙な三角関係が始まってしまっていた。
僕は歯を磨く愛弓さんの横顔を見て、本当にキスしたいと思った。
抱きしめたから好きになったのか?無意識とはいえ、
好きだから抱きしめたのか?
少なくとも、嫌いな女の人ならば、人違いでも抱きしめることはない。
愛弓さんは歯磨きを終えると、
茉莉子さんは全然気が付いてないみたいだから、
普通に朝ごはんを食べて。
と言った。
女の人の、怒ってないからね
という言葉の女の人の心理はその時々によって違う。
僕はそれを敢えて確かめないようにしよう、と思った
それを有耶無耶にするつもりではなかった。
これから少しずつ確かめて行くべきたと思ったからだ
僕は部屋に戻ると、茉莉子さんが切った大根の千切りの味噌汁を作り、3つ落とし卵をした。
愛弓さんは、卵の入ったお味噌汁を食べるのは初めてだけど美味しい、と言って食べていた。
茉莉子さんは、私も鈴原と出会って初めて食べたよ、
と言った。
愛弓さんは、味噌汁を飲みながら、僕の方を何回か見つめた。
朝ごはんを食べ終わると愛弓さんは帰って行った。
茉莉子さんが、テレビの映りが悪くなったから見て欲しい、と言った。
僕は外のアンテナから繋がっているケーブルから見て行った。
そして、味噌汁を飲みながら何回か僕を見つめた愛弓さんを思い出していた。
つづく