大学の夏休みに入った。
8月の第一週、僕はサークルの夏合宿に参加した。
夏合宿と言っても名前だけで、サークル全員で旅行に行くだけだった。
僕たちは東北新幹線の新花巻駅で降りて宮古線に乗り変え民話の里、遠野に着いた。
みんなで河童が住むという川を見学し、オシラサマの飾ってある場所を見学し、お寺で河童のミイラまで見た。
2日目、山の斜面の石に全て羅漢像が掘ってある五百羅漢、南部曲り家の代表である千葉家等を見学した。
最終日の3日目は花巻まで戻り、宮沢賢治記念館等を見学し、花巻温泉の旅館に宿泊した。
夏合宿最終日はサークル恒例のエロ寸劇が行われる
4つのチームに別れて各4年生のチームリーダーの
書いたシナリオ通りに1年生が演じるのだが、
男が女役、女が男役をするルールになっていた。
僕のチームは元々茉莉子さんがリーダーだった。
またこの頃には、茉莉子さんと僕のことは当たり前の話しだがバレバレになっていたので、茉莉子さんも僕もコソコソする必要は何もなかった。
審査員は、夏合宿最終日に招待されるこのサークルのOB、OGの方々でその時は男女合わせて10名が参加してくださっていた。
夕方4時から各チームに別れて練習が始まった。
茉莉子
「みんな、よく聞いて。私は絶対優勝するつもりでいるからね。みんなも真剣に演ってね。
ストーリーは17歳の女子高生が1つ先輩の彼と初体験をするというもの。
鈴原、お前が17歳の女子高生役、体格のいい高校の時の友達からセーラー服を借りて来たから着るんだよ」
僕
「茉莉子さん、僕、セーラー服を着るんですか?」
茉莉子
「当たり前でしょ。女子高生と言えばセーラー服なんだから。鈴原の役名は国井倫子だからね。」
僕
「国井倫子?・・国井倫子!?・・・ええー!」
茉莉子
「ユッコちゃんが鈴原の恋人役だからね。私のお兄ちゃんの中学の時の学ランを持って来たから、ユッコちゃんに丁度いいと思うよ。私が演技指導するから、心配しなくても大丈夫だからね。ユッコちゃんの役名は
竿野フェラ二郎だからね。」
ユッコちゃん
「ねえ、鈴原君。フェラ二郎って変な名前なんだけど
どういう意味なんだろう?」
僕
「茉莉子さんに聞いて。」
茉莉子
「みんな、これから私が演技指導するからね。」
僕
「茉莉子さん、そうは言っても女の人なんですから、
この役名は変えた方がいいんじゃないですか?」
茉莉子
「うるさいね!私は優勝を狙ってるんだから。
いろいろ言わない!」
茉莉子さんの演技指導が始まった。
茉莉子
「鈴原、そこで顔を赤くしろ!」
僕
「ちょっと待ってくださいよ。顔を急に赤くなんて
出来るわけないじゃないですか。」
茉莉子
「息を吸い込んで首から顔にかけて思いっ切り力を入れろ!そうそう、ほら顔が赤くなっただろ。」
ユッコ
「鈴原君、私、自分が何やってるか分からない。」
僕
「茉莉子さんに聞いて。」
結局、優勝は逃したが、ロマンチックな雰囲気のある
エロ寸劇は初めてだったとのことで、審査員特別賞を貰うことが出来た。
茉莉子さんは最初は残念そうな顔をしていたが、
審査員特別賞に選ばれるとニコニコ顔になった。
僕たちは審査員特別賞のシュークリームを珈琲を飲みながら食べた。
宴会も終わり、僕は1年生の男の部屋で眠った。
茉莉子
「鈴原、起きて。」
僕
「茉莉子さん・・」
時計を見ると朝の5時半だった。
茉莉子
「私、雨ニモマケズの詩碑が見たいの。それに早朝デートってしたことないから。」
僕は他の人たちが起きない様に着替えて茉莉子さんと
旅館の外に出た。
途中の自販機で缶コーヒーを買い、少し休憩して歩き出すと
茉莉子
「鈴原、あの建物の裏に隠れよう。」
僕
「どうして?」
茉莉子
「あそこ見て。」
茉莉子さんが指さした方を見ると、3年生の堀川先輩と1年生のヨーコちゃんがいた。
僕
「茉莉子さん、ヨーコちゃんは2年生の宮下先輩と付き合ってたような・・」
茉莉子
「だから問題なのよ。宮下と一緒だったら声をかけてたわよ。」
僕たちは建物の裏から見ていたが、誰が見ても恋人同士という感じだった。
茉莉子
「宮下はこのことを知ってるのかしら? ちょっと鈴原
向こうから歩いて来るの宮下じゃない?」
宮下先輩は辺りを見回しながら歩いて来て、堀川先輩とヨーコちゃんの姿を見つけた。
ヨーコちゃんが先に気付き堀川先輩に伝えた。
宮下先輩はそのまま立ち止まっていて、堀川先輩もヨーコちゃんも、そのままの状態でいた。
茉莉子
「鈴原、宮下が包丁を持っていたら、お前、止めにいけよ。」
僕
「えー!」
結局、宮下先輩は何も言わず、そのまま旅館の方に歩いて行った。
茉莉子
「あのね。付き合っている人がいても、それ以上好きな人が出来るのはおかしなことではないし、よくあることでもあるけど。そうなった場合は、今回に例えると、まずヨーコちゃんが宮下に話し、そして、次に
堀川も話すのがすじだよ。
黙ったままいるのは、私は反対。隠し通せればいいけど、さもなければ宮下がかわいそうだよ。
何か、雨ニモマケズって気分じゃなくなっちゃった。
私たちも旅館に戻ろう。」
朝食は朝の7時からだった。堀川先輩とヨーコちゃんの姿はなかった。
茉莉子
「あの2人、とばっくれたわね。もうサークルには出て来ないわね。こういうの、私は1番嫌なのよ。」
朝食は和食だった。おかずに甘い玉子焼きがあった。
僕
「茉莉子さんが作る玉子焼きも甘い玉子焼きだよね。
僕は甘い玉子焼きを作る女の人が好きなんだ。」
茉莉子
「どういうこと?」
僕
「これは結果論になっちゃうんだけどね。
僕はお酒も飲むけど、茉莉子さんも知ってる通り
甘い物が好きなんだよ。
だから、男にしては珍しく甘い玉子焼きが好き。
子どもの頃、おふくろが作る玉子焼きが甘かったのとお寿司の玉子焼きも甘いから、玉子焼きは甘い物だと思ってた。
小学校4年生の遠足でお弁当を食べていた時、一緒に食べていた友達に、僕のお弁当の豚肉の唐揚げをその友達の玉子焼きと交換して欲しい、と言われて、交換してあげた。」
茉莉子
「鈴原のおふくろの味は豚肉の唐揚げだったわよね。
今度作ってみる。ごめんなさい。話しを遮っちゃって」
僕
「そんなのいいよ。交換したその友達の玉子焼きを食べたら塩味だった。僕は塩味の玉子焼きがあるのを初めてその時に知った。僕はもともと卵が好きだから、
塩味の玉子焼きも美味しいと思ったけど、やっぱり
甘い玉子焼きの方が好きだと思った。
中学の時の彼女も高校の時の彼女も茉莉子さんも
甘い玉子焼きを作る女の人。
サークルの春の行事のハイキングで、1年生の女の子たちがお弁当を作って来てくれたけど、甘い玉子焼きを作る女の子たちの方がフィーリングも合うんだよ。
同じことを言うけど、結果論になっちゃっうけど、
甘い玉子焼きを作る女の人が好きなんだと思う。」
茉莉子
「私、きっと、鈴原が言った甘い玉子焼きを作る女の人が好きって言葉、忘れないと思う。
私の玉子焼き、ひとつあげるね。」
その後の人生で、僕が付き合った女の人、そして僕が結婚した人も全員、甘い玉子焼きだった。
こればかりは今でも不思議に思う。
つづく