その日、僕は札幌から来た片桐のアパートに遊びに行っていた。
片桐はハマショー(浜田省吾さん)の音楽をかけていた。

片桐
「昼に近えから腹減ったろ? 鈴原。バターライス食おう。」

片桐はテーブルに茶碗を2つ持って来て、炊飯器から
熱々のご飯を盛った。

片桐
「鈴原、よく見てろ。まず熱々のご飯の上に、こうやってバターをのせる。バターが溶けたら醤油をかけ、
かき混ぜて食べる。やってみろ。」

僕は同じ様にして食べてみた?

「片桐、美味いよこれ。」 
片桐
「だべ。鈴原、俺、昨日スーパーで切り餅売ってたから買って来たんだ〜。バター餅作っちゃる。」

*バター餅のレシピ
フライパンに薄くバターをしき、餅の両面を焼く。
焼いた餅をお皿にのせ、大根おろしをたっぷりとのせる。そして、ポン酢をかけて出来上がり。

「片桐、バター餅美味しいよ。」
片桐
「そっか〜。美味いか。」
「片桐、さっき大根おろしを作るのを手伝っていた時、削り節とスパゲティを見つけたんだけど、マヨネーズはあるよな? この間、椎名誠さんのエッセイに椎名誠さんオリジナルスパゲティの作り方が載っていたから作って食べたら美味しかった。お礼にそれを作るよ。」

*椎名誠さんオリジナルスパゲティレシピ
時間との勝負。
茹でたスパゲティにさっとバターを絡め、マヨネーズをかけ削り節をわんさかとのせる。そして醤油をかけぐちゃぐちゃにかき混ぜ、熱々の内にハフハフと言いながら食べる。

片桐
「鈴原、このスパゲティ、まばら美味えべ。」
「そうだろ? でも、茉莉子さんに作ってあげたら、私、いらない、って言って食べなかったんだよ。」
片桐
「こんな美味えもんをか? 女って分からねえ。」

片桐は僕にアルバムに貼った新聞の切り抜きを見せてくれた。
そこにはラグビーボールを持ち相手チームを蹴散らし
走る片桐の写真があった。
記事を読むと花園ラグビー場とあった。

「片桐、花園に行ったのか?」
片桐
「鈴原は花園を知ってるのか?」
「知ってるよ。高校ラグビーの聖地だよ。でも花園に行けたなんて、ラグビーの強い高校だったってことだよね? 片桐は身長が185センチもあって無駄な脂肪のない体系だからスポーツをやっていた、とは思っていたけど、凄いラガーマンだったんじゃないか。
どうして大学でラグビーをやらなかったんだ?」
片桐
「スクラムの練習中に大怪我をしちまったんだ〜。
ラグビーを続けられないこともなかったんだが、俺はプロになろうとは思ってなかった。いい機会だと思った。今度俺の彼女を紹介するが、俺にはずっと彼女がいなかった。」
「どうして? 片桐はブ男なんかじゃない、寧ろ逆だよ。しかもラグビーをやっていたんだろ?」
片桐
「女なんて、いくらでも寄って来た。遊んだ女は両手両足の指を足しても足りねえ。だがな、みんな、ラグビー選手としてしか俺を見ていなかったし、ミーハーな女ばかりでもあったんだ。
大学に入学して今の彼女とバイト先で知り合った。
理恵って言うんだがな、俺はラグビーをやっていたことを話さなかった。最近になって漸く話したんだ。
理恵はラグビー選手としての俺じゃなくて、1人の男としての俺を好きになってくれた。
だから俺は理恵を初めての恋人だと思ってる。
鈴原、茉莉子さんは来春卒業して行くべ。
俺は、茉莉子さんは、いい女だと思ってる〜。
それに鈴原さんと茉莉子さんはお似合いだとも思ってるんだ〜。
鈴原、茉莉子さんを離すな。」

僕は片桐のアパートを出て自分のアパートに戻った。
茉莉子さんが来ていた。

「おかえり〜。ねえ、友達が実家から送って来てくれた笹かまぼこを別けてくれたのよ。」
「笹かまぼこ?」
「知らないの? 仙台の特産品よ。」

僕は、海苔の入った笹かまぼこを食べてみた。
これは美味しい、と思った。

「この牛タンも貰ったのよ。」
「牛タン?」
「知らないの? 牛タンも仙台の特産品よ。
ねえ、夕ご飯、牛タンの塩焼きと笹かまぼこと私が作ったサラダとお味噌汁でいい?」
「ありがとう。」

仙台の牛タンは厚みがあって美味しいと思った。
僕は片桐のことを話した。

「確かに片桐君はカッコいいわよね。ラガーマンだったのね。」
「でも意外だったなぁ、スポーツマンは女の人にモテると思ってたから。」
「鈴原、男の人ってスポーツマンって体育会系男子だと思ってるでしょ、違う?」
「そうだよ。」
「やっぱりね。女が思っているスポーツマンというのは、例えば、趣味で毎週末テニスをしてます、みたいに、適度な運動をしていて健康的で爽やかな男の人っていう意味なのよ。
必死の形相で走って0.1秒縮めましたとか、死にものぐるいでボールを追いかけてます、みたいなバリバリの体育会系の男の人のことじゃないの。
私の2番目のお兄ちゃんは高校生の時にテニス部にいたのね。
家に帰って来ると汗臭い運動着を洗濯物の所にも置かず放り出して、疲れた〜と言って大の字で横になっちゃったの。
お兄ちゃん、着替えお洗濯物の所に置いてよ、って言っても、お前がやっとけ、と言って、そのまま。
そして、お母さんご飯まだ〜、としか言わないの。
そしてご飯が出来ると、着替えもせずにそのまま食卓に行き、丼に大盛りに盛られたご飯を飲み込む様に食べて行ったの。
私が、お兄ちゃんシャワーくらい浴びて来てよ、
と言っても、うるせえと言って聞いてくれなかったし
私のおかずまで食べちゃうこともあったの。
1回、あの臭いテニスシューズを私に洗えって言って
私もさすがにその時は頭に来て、ふざけるなー!
自分で洗えー! と言ってお兄ちゃんにテニスシューズを投げつけたこともあったの。
私はお兄ちゃんのことは好きだけどね、でも私、
お兄ちゃんみたいな人とは絶対結婚したくない。」

男が思うスポーツマンと女の人が思うスポーツマンは
違うということを初めて知った。
僕は茉莉子さんが夕ご飯を作ってくれたので、食器洗いは僕がすることにした。

「ねえ鈴原、冷蔵庫に雪見だいふくがあったのを見つけたんだけど食べてもいい?」
「いいよ。」
「やったー。」
 
僕は食器を洗いながら美味しそうに雪見だいふくを食べている茉莉子さんを見た。
そして片桐が言った
茉莉子さんを離すな、という言葉を思い出した。


つづく