「珈琲が飲みたくなっちゃった。鈴原って珈琲飲むと眠れなくなる人?」
「多少はあるかもしれないけれど気にするほどじゃない。」
「鈴原が珈琲淹れて。私、珈琲は男の人が淹れた方が美味しいと思う。」

僕はサイフォンで珈琲を淹れた。茉莉子さんも珈琲はブラックだと言った。

「やっぱり美味しい。珈琲は男が淹れなくてはだめね。ねえ、珈琲を淹れる時に1番大切なことって何だと思う?」
「潔さかな?」
「珈琲を淹れるのに潔さが必要なの?」
「珈琲って悩んでいたら淹れられない。水も珈琲豆も、これくらいかな?って潔く決めてしまった方が
何故か美味しい。」
「ふ~ん、そうなんだ。」
「昨日、茉莉子さんは、女は男と最初に会った時に何の興味も持たなければ、その男のことを必要最少限にしか知ろうとしない、最初に何の興味も持たれなければ、その後いくら頑張っても無駄みたいに言ったよね僕と最初に会った時に何か興味を持ってくれた、ってこと?」 
「言われると思ってた。
サークルで私たち先輩と新入生の顔合わせを茶店の2階でやった時、鈴原を初めて見た。
私は煙草に火をつけてアイスココア、あっ、そうだ
あのお店のアイスココアは美味しいから飲んでみて。
を飲んで新入生の方に見ると鈴原がいた。
私は見た目の問題なんだけど、男っぽい男、所謂体育会系男子が苦手なの。寧ろその逆の方が好き。鈴原を見て、この子はきっと女子会に紛れ込んでいても違和感ないだろうなぁ〜と思った。そうしたら何か急に親近感が出て来て気になり始めたのよ。」
「それって喜んでいいことなの?」
「鈴原、男が見てカッコいい男と女が見てカッコいい男は違うのよ。男の人たちって松田優作をカッコいいって言うわよね?
確かに松田優作はカッコいいと思うけど、女はね、
岩城滉一の方がカッコいいと思うのよ。
男の人たちってショーケン(萩原健一)をカッコいいって言うわよね? 女はね、水谷豊の方がカッコいいと思うの。 
それに男の人たちって、三浦友和とか神田正輝のことを何とも思わないけど、女は素敵だなぁ〜って思うの。男がカッコいいと思う男と女がカッコいいと思う男は違うの。男の人たちは男がカッコいいと思う男を目指すから女にモテないのよ。
それとね、女ってギャップに弱いの。
確かに鈴原を最初に見た時、女子会に紛れ込んでいても違和感のない男の子に見えた、でも頼りない男には見えなかった。寧ろその逆だった。どうしてだろう?と思った時には鈴原のことをもっと知りたいと思ってた。
好きになり始めてたってこと。
しかも、上杉謙信の辞世の句を知っていたり、ジョンレノンのImagineの歌詞を暗記したりしていた。
意外性まである。」
「Imagineの歌詞はね、オノヨーコさんのグレープフルーツジュースという詩集にジョンレノンがインスパイアされて書いたものでもあるんだよ。
グレープフルーツジュースの文庫本があるから見せてあげるよ。」

茉莉子さんは珈琲を飲みながら、オノヨーコさんの
グレープフルーツジュースを読んでいた。

「茉莉子さん、グレープフルーツジュースのなかにある詩は全て命令形で書いてあるのが分かるだろ。
例えば、
道を開けなさい 風が通るために
とか
世界中の時計を2分進めなさい 誰にも気づかれないようにとか、
ジョンレノンのImagineの歌詞も想像してごらん、と僕は訳したけれど、想像しなさい、という命令形。」
「ホントだ、おもしろい。」
「グレープフルーツジュースが冷蔵庫にあるけど飲む?」
「私もグレープフルーツジュース大好きよ。でも、
朝、目が覚めたら飲みたい。」

時計を見ると、朝の6時少し前だった。
そっと窓を開けると、少し霧がかかっていた。
茉莉子さんはまだ眠っていた。

すると、いつもの納豆売りのおじさんが自転車に乗ってやって来た。
「なっと なっと〜。」
と言って近づいて来ると、近所の奥さんの何人かが
買いに家から出て来た。
僕もこのおじさんの売る納豆が大好きだった。
さっとトレーナーとジーンズに着替え、茉莉子さんを
起こさないように部屋から出て、納豆をふたつ買って来た。

部屋に戻ると僕はお米を洗い炊飯器にセットした。
すると、茉莉子さんが目を覚ました。
僕は冷蔵庫のグレープフルーツジュースをグラスに注ぎ、茉莉子さんに持って行った。
茉莉子さんは目をこすりながら、おはようと言った。
僕が持って来たグレープフルーツジュースを見ると
微笑みを浮かべ、ありがとうと言って美味しそうに飲んだ。

「茉莉子さんは納豆は好き?」
「私、納豆、大好きよ。」

僕が納豆売りのおじさんから買って来た納豆を見せると、茉莉子さんは、懐かしい、藁で包んだ納豆なのね早く食べたい。と言った。

僕は大根の千切りのお味噌汁を作り、落とし卵をした
納豆は藁の入れ物から瀬戸物の器に入れてかき混ぜ、
刻んだネギを入れた。醤油と辛子はお好みで入れてもらうことにした。
そして、実家の母親が送ってくれた梅干しも出した。

「鈴原、私、男の人が作ったちゃんとしたご飯って
初めて食べる。インスタントラーメンとかせいぜい目玉焼きとトースト。鈴原の作ったお味噌汁、美味しいこれ白味噌?」
「僕の地元の信州味噌で父の実家にいる祖母が作った味噌。」
「素朴な味で美味しい。ねえ、鈴原、私たち半同棲しない?」
「半同棲?」


つづく