僕は茉莉子さんと板橋区役所の大きな交差点を渡り仲宿商店街に入った。
茉莉子さんがまだ少し早いから、と言って喫茶店に入った。

「鈴原、珈琲ばかり飲んでいちゃダメ。ミルクティーにするよ。ここのお店にはインド式ミルクティーの
チャイがあるの。」

運ばれて来たチャイから少し香辛料の匂いがした。

「チャイはね、紅茶の茶葉をミルクで煮て作るんだけど、そのままミルクだけで煮ても茶葉が上手く開かないの。少しだけのお水で茶葉を煮て紅茶のエキスが出たらミルクを入れて煮込む。そして紅茶の茶葉がミルクの表面に浮かんだら火を止める。それ以上煮込んじゃだめなの。香辛料を入れなくても砂糖を入れなくても美味しい。今度作ってあげるから。」

夕方4時半になった。
茉莉子さんが時間になったから行くよ、と言って仲宿商店街を歩き始めた。
茉莉子さんが教えてくれたのは、今は知らないがその当時夕方4時半を過ぎると食料品が極端に安くなるということだった。
ポテトコロッケが10円、メンチカツが30円
400円のお弁当が200円等、半値以下になっていた。
この時間帯に買いに来ると、かなり安く購入出来るのだった。
魚屋さんの前に来るとお店の男の人が

「お姉さん、さんま2匹買ってってよ。
見てくれよ、いいさんまなんだ。2匹で200円でいいからさ。こんないいさんまはこの時期ないよ。」

茉莉子さんは何故か黙っていた。

「分かったよ、2匹100円でいいからさ。」
「100円ね、その袋に入れて。」

茉莉子さんはさんまを袋に入れてもらい、持っててと言って僕に渡した。
茉莉子さんはその後、大根と人参と豆腐を買った。
そして茉莉子さんの部屋に戻った。

「鈴原、大根おろし作って。」 

僕は大根おろしを作りながら、

「茉莉子さん、ドレッシングある?」
「中華ドレッシングならあるけど。」
「中華ドレッシングなら丁度いい、トマトと玉ねぎ貰ってもいい?」
「いいけど、何作るの?」

僕はトマトを横に少し薄めに切った。
そしてその上にすり下ろしたトマトをのせて中華ドレッシングをかけた。

「玉ねぎをすりおろしたの初めて見た、私。」

夕ご飯の用意が出来た。
コタツ兼用のテーブルの上にご飯と焼きサンマと大根おろし、そして鍋の中には昆布を敷いて茹でた、おでんと同じ位の大根の輪切りと人参の輪切りと豆腐が入っていた。
それを茉莉子さん特性、ポン酢にすりおろしたニンニクとすりおろしたリンゴと削り粉の入ったタレをつけて食べる物だった。
茉莉子さんは僕が作ったトマトにすりおろした玉ねぎをのせて中華ドレッシングをかけた物を最初に食べた

「鈴原、いい事を教えてもらったよ。すりおろすと
玉ねぎは美味しい。」

上京して初めて食べたさんまだった。美味しいと思った。大根も人参も茉莉子さんの作ったタレにつけて食べると美味しかった。

「鈴原、私の部屋にある物も使ったけれど、今日の夕ご飯代は1000円もかかっていない。買い物はこうやるんだよ。鈴原は安くなった揚げ物やお弁当ばかり見ていたけれど、ちゃんとお料理を覚えなさい。
それが自分のためになるから。幸せのためにもなるからね。私は料理が得意な男は素敵だと思う。」

僕は茉莉子さんに魚の食べ方が上手だと褒められた。
魚を綺麗に食べる男は魅力的だとも言った。

「鈴原は恋愛の弟子でもあるから、ご飯を食べながら講義を始めるよ。いきなり女に好かれようと思っても無理。最初は嫌われないことから始めるよ。
私の説明することを覚えて。題して、女性に嫌われない7か条。
その1、おはよう、こんにちは、こんばんわ、行ってきます、ただいま、おやすみなさい、の挨拶をきちんとすること。
これ、鈴原は出来てるから問題ない。これ、小学生みたいなことを言っていると思うかもしれない。けれど
女にこれをきちんとしない男が意外と多い。男にはするくせに。
挨拶を女にきちんとしない男は女に嫌われる。
その2、自分が悪い時は自分の非を認めきちんと謝り、何かをしてもらったら、どんな些細なことでも必ずありがとうと言う。
これも鈴原は出来てるから問題ない。
でも、これが出来ない男が意外と多いんだよ。
プライドがあって謝れない、と言う男がいる。
昨日、テレビを見ていたら中曽根康弘総理が国民の皆様、申し訳ありませんでした、と謝った。
内閣総理大臣が謝るんだよ。
天皇陛下だって、天皇誕生日に皇居を訪れた人たちに対して、誕生日を祝ってくれてありがとう、皆の健康を希望します、と仰ってくれる。
天皇陛下がありがとうと言うんだよ。
なのになぜ謝らない、なぜありがとうと言わない?
謝らない男、ありがとうと言わない男がは思い上がった男、だから女に嫌われる。」

そこまで言うと茉莉子さんは、遠慮しないでご飯をおかわりして、と言って僕の茶碗にご飯を盛ってくれた

「その3、女に自慢話をしない、武勇伝厳禁。
鈴原、どうして男は女に自慢話をするの?」
「凄いと思われたいから。」
「ねえ、凄いと思われたいって、どういうこと?
女の気を引きたいということでしょ? だから、女に自慢話をすると、この人は女にチヤホヤされたいんだ。
女の人気者になりたいんだ、と思うの。
これを複数の女ではなく、1人の女にしたら、その女はどう思う?
こう思うんだよ。この人は私の気を引きたいんだ、この人は私のことが好きなんだってね。
ことは、それだけでは済まない。それを他の女が見ていたとすると、その女は、あの男の人はあの女の人が好きなんだ、と思うんだよ。
つまり、個人的に1人の女の人に自慢話をすると、その人に好き、と言っているのと同じになっちゃうだけじゃなくて、それを見ている女に、自分はこの女の人のことが好きです、と言っているのと同じになっちゃうんだよ。だから、学校でも男は気づかれていないと思ってるけど、女子はどの男子がどの女子のことを好きか、大体把握している。知らないと思っているのは男だけ。
武勇伝を語るのは、女に言わせると、今自慢出来るものが何もない、ということなの。だから、武勇伝を語る男は過去の栄光にすがって生きている男、だから、
女に相手にされないどころか馬鹿にされるの。
思い出を語るのはいいかもしれないが、武勇伝を語ったら男は終わり、思い出も時と場合による。
女は常に今の男の姿を見ている。いいね?」

茉莉子さんが緑茶を出してくれた。
僕は自分の部屋で緑茶を飲んだことがなかったことに気がついた。

「その4、男は女に選ばれている、というのが真実、
殆どの男は無駄な努力をしている、ということを自覚すること。
女はね、初めてその男に会った時、当然ひとめぼれすることもある。でも、何かいい感じだなぁとか、優しそうな人、とか、素敵な感じ、みたいに、その男に何らかの好印象なり興味を持つと、その男のことをもっと知ろうとする。
逆に何の興味も持たなければ、その男に対して必要最低限のことしか知ろうとしない。
何の興味も持ってもらえなかった女に対して、好きになってもらうのは至難の技、不可能に近い。
男は自分の好きな女を口説いて彼女にする、みたいに思っているけど、実は違うの。
だから、私に言わせれば、殆どの男は無駄な努力をしている。 
友達から仲良くなって恋人同士になることもあるけれど、少なくとも女の方は最初に会った時に何らかの好印象なりは持った筈なの。
だから、男は第一印象が凄い大事。
昨日も言ったけど、男は見た目じゃなくて中身だ、などと言っていると、一生結婚はおろか彼女も出来ないよ。
その5、大食いの男は女に印象が悪い。
ねえ、遠慮してご飯を食べない、というのとは違うのよ。女は好きな男に自分の作った料理を美味しそうにパクパク食べてもらえたら嬉しいから。
私の友達の話しをするね。
私の友達の彼は芸大に通っていて油絵を描いてる。
その彼という人は絵を描くことが大好きで、バイト代が入っても絵の具等の画材を買ってしまって、毎日、
食パンと牛乳だけの生活をしている。だからガリガリに痩せてしまっているの。私の友達は心配でお弁当を作って届けたり、時々彼のアパートに行ってご飯を作ってる。でも、彼女は食べる物も食べず自分の夢に向かって頑張っている彼を愛していて懸命に支えてる。
鈴原、女は食べ物よりも、もっと言っちゃうとその彼女よりも大切なものを持っている男を愛して支えようとする。
そして、自分の好きなことに夢中になって余りかまってもらえないことにスネたりする。でも、意外かもしれないけれど、それが女が恋愛で、あるいは好きな男に1番したいことでもあるの。
私たちのサークルにもいるけど、焼肉を食べながら生ビールを飲み、その後、丼ご飯を何杯も食べる様な男が女にモテた試しはないからね。」

茉莉子さんは僕の湯呑にお茶を注いでくれた。

「その6、女が1番嫌なのは男と一緒にいて恥ずかしい思いをすること。女はね、恥ずかしい思いをするのが1番嫌なの、何も見栄を張っているわけじゃないの
何もブランド品で身を包めと言ってるんじゃないのよ。ヨレヨレのジーンズをはいていたり、サイズの合わない服を着ていたり、1回私、バイト先の男の先輩とお昼ご飯を食べたんだけど、その人、シャツがピチピチで今にも前ボタンが取れそうだった、恥ずかしくて早く定食屋さんから出たかった。
以前、サークルの男の先輩とレストランでご飯を食べた時、その先輩はお店の女の人に偉そうにふんぞり返って注文し、挙句の果てに料理が遅いって怒鳴ったの。何様のつもり?
私、恥ずかしくて食事も喉を通らなかった。
ねえ、威張るって恥ずかしいことよ。
誰にも尊敬されていない証拠なんだから。
皆から尊敬されている人は威張る必要がない。
誰も凄いと思ってくれないから威張るしかないの。
女はね、本当に立派な男は、謙虚で誠実で礼儀正しいと思ってるからね。
その7、女に決断する時間を与えること。
女は男の様に簡単に決断出来ないの。いろいろ良く考えてからでないと決断出来ないのよ、
でも、男は簡単に決断するけど簡単にその決断を覆す。男は別れると決めても、簡単によりを戻そうとする。でも、鈴原、よく覚えておきなさい。女は別れると決断したら本当に別れるからね。」

食事の皿をキッチンに持って行くと

「鈴原、食器の洗いと片付けは今日は私が全部やるからいいよ。鈴原、お前は食後の片付けを自分からした。男女平等はそこが大事。大抵の男は座ったまま食後の片付けを手伝おうともしない。ただ座ってテレビを見ていたりする。
お前は男女平等を理解している。
鈴原はジョンレノンを知ってる?」
「知ってる、ビートルズファンだから。」
「鈴原、洗い物が終わったら、鈴原の部屋に言ってもいい? そこでジョンレノンの話をしたい。
鈴原の部屋ってゴミ屋敷?」
「そんなことないよ。」
「そうだと思った。」

そう言うと茉莉子さんは微笑んだ。


つづく