僕は日曜日、茉莉子さんのアパートに行った。
共同の玄関で靴を脱ぎ、中央の階段を登りすぐ左の部屋が茉莉子さんの205号室だった。
茉莉子さんの部屋から奥にかけて210号室まであり
その隣りが共同トイレだった。左が男用、右が女用と書いてあった。
僕はドアをノックした。
茉莉子さんはドアを開けずに、鈴原? と言った。
僕がそうです、と言うとドアを開けてくれた。

「このアパートは男も住んでるの。だからノックして誰か確認するまではドアを開けないことにしてるの。
ボロボロのアパートでビックリしたでしょ?
私には兄が2人と妹が1人いる。そんなに裕福な家庭ではないから、奨学金も貰ってるの。そしてバイトもしてる。
でもこの部屋いいでしょ?
8畳の部屋に4畳半のキッチンがあって、しかも階段を挟んで1番端の部屋。
キッチンの窓からも8畳の窓からも景色が見える。
鈴原、珈琲淹れてあげるよ。」
「ありがとうございます。ブラックでお願いします。」
「珈琲はブラックなんだ。鈴原、ありがとうございますなんて丁寧に言わなくていいよ。
ありがとうでいい。でも、何かしてもらったら、必ず鈴原はありがとう、と言う。いい事だよ。
特に女に対してはね。」

僕は珈琲を飲みながら、かなり大き目のカラーボックスを組み立て始めた。

「さすが男の子手際がいい。私って単純かもしれないけれど、男の人が重い物を持ち上げたり、家電の配線なんかを手際良くこなすと、男だなぁって思う。」

大きめのカラーボックスだったので、組み立てるのに1時間位かかってしまった。
茉莉子さんはもう1杯珈琲を出してくれた。

「鈴原、これからお昼ご飯作るから待ってて。」

キッチンの方から炒め物をする音が聞こえていた。
女の人の手料理は食べたことがあったが、女の人の部屋で女の人が料理をするのを見るのは初めてだった。
エプロン姿の茉莉子さんは可愛かった。

「はい、茉莉子特製オムライスとスープ。」

大きめのお皿に大きめのオムライスがのっていた。
オムライスにはデミグラスソースがかかっていた。
そして、小さめのカップに入った野菜入のコンソメスープが添えられていた。
僕は、ありがとうございます、頂きます、と言って食べた。
すると茉莉子さんは微笑んでいた。

「鈴原、ありがとうだけでいいよ。」

美味しいオムライスだった。スープもあっさりしていて美味しかった。
そのことを茉莉子さんに言うと、茉莉子さんは微笑んでいた。

「鈴原、私は大学を卒業したら故郷の街で教師になる、教師になったら、それを全力でやろうと思っている。卒業式の後、私たちのサークルの卒業生送迎コンパ別名追い出しコンパが行われる。
その日で鈴原とはお別れ。
これ、まず最初に約束出来る?」
「はい、約束します。」
「私のこと、好き?正直に答えて。」
「好きです。」
「鈴原、昨日、僕はヨーロッパに行きたいって言った時の鈴原の目は輝いていたよ。滅多にいないの、そういう男って。私のこと、どれくらい好き?」
「どれくらいって・・」
「そういう時は、これくら〜い、と言って両腕を広げて抱きしめればいいの。やって。」

僕は茉莉子さんを抱きしめた。

「鈴原、そんなに強く抱きしめられたら、私、窒息しちゃう。もっと力を緩めて。
鈴原、私は貴方が男女平等を理解してくれるって直感で思ったの。
鈴原は男女平等を理解し協力してくれる?」
「茉莉子さんの言ってることは正しいと思いますから。」
「だから茉莉子だけでいいって、堅いなぁ〜。
これは大変かもしれない、そういう意味では。
鈴原、私たちは今日から卒業生追い出しコンパまで
恋人同士だけれども、男女平等の志を持つ恋人同志だからね。」
「何処が違うんですか?」
「鈍いなぁ〜。恋人同士の士という字が志という字になるということ。分かった?」
「分かりました。」
「まだ堅いなぁ〜。でも鈴原らしくていい。
今日は最後まではいかないで。ショーツは取らないでね。」
「あの日ですか?」
「バカ!違うわよ。昨日の今日だから最後までいくのは、もう少し待っててねってことなのよ。
もう〜、ムードぶち壊し。これは先が思いやられる。
でも鈴原らしくていい。
鈴原、ゆっくりね、焦らないで、ゆっくりね。」

東京にもカエルがいるんだと思った。
茉莉子さんが僕の胸に眠っていた。ふと目を窓の所にやると、小さなカエルがいた。

「茉莉子さん、東京にもカエルがいるんだね。」
「カエル?!!! 何処にいるの? 」 
「そこの窓のところ。」
「鈴原ー!直ぐにカエル何処かにやって〜!
私、カエル、ダメなのよ。早くー!」

僕は逃さないようにカエルをそっと捕まえた。

「こんなに可愛いのに。」
「私、カエルだけはダメなのよ。ヘビの方がましよ。」
「普通、逆だと思うけどなぁ。」

僕はカエルを持って階段の所の窓に行き、そこから中庭に逃してあげた。
部屋に戻ると茉莉子さんはシャツを1枚だけ着ていた

「どうしてこんな所にカエルがいたのかしら。」 
 
僕は窓の外を見ていて気がついた。

「このアパートの向かいの2階建ての家の2階の大きな窓を見て。水槽でオタマジャクシを飼ってるよ。
ほら、小学生の男の子が餌をあげている。」
「どうしてオタマジャクシなんて飼うのよ?」
「男の子って何でも飼いたがるところがあるんだよ。
僕も子どもの時、カエルの卵を田んぼから取って来て、水槽に入れてオタマジャクシからカエルになるまで飼っていたよ。」 
「私は女子大生なのよ!」
「茉莉子さん、それ全然関係ないですから。」

仲宿商店街に買い物に行くことにした。
茉莉子さんが買い物の仕方を教えてくれると言った。

「鈴原、ブラとめて。とめ方が分かると手際良く外せるはずだから。修行はもう始まってるのよ。
鈴原は男女平等と恋愛の弟子だからね。」

僕は茉莉子さんと一緒に買い物に出かけた。


つづく