アムステルダムに戻りムール貝の料理を食べた。
バケツの様な容器に入ったムール貝からは湯気が出ていた。それをスティックの様な物で取って食べた。
白ワインを飲みながら

「今日、CAのフライト前ミーティングが6時からあるの。これを食べたら帰らないといけない。明日のフライトで日本に戻り、24時間休んだ後、またアムステルダムに来る。水曜日になる。
同じホテルにいつも泊まっているから、チェックインしたらユウキの部屋に電話する。まだ帰ってなかったらフロントにユウキ宛のメッセージを伝えておくからユウキの方が早いことはないと思うけど、もし先に戻っていたら部屋に電話するね。」
「分かった。」

ムール貝の料理を食べた後、僕たちは珈琲を飲みながら生クリームがたっぷりとのったアップルタルトを食べた。

「ねえ、映画史上最高の雨の中のキスシーンって、どの映画か知ってる?」
「オードリー・ヘプバーンのティファニーで朝食を、
僕はローマの休日よりも好きだな。」
「私も、オードリー・ヘップバーン扮する主人公が
朝食にクロワッサンを噛りながらニューヨークの
ティファニー本店のショーウインドウを覗き込むところから映画が始まるのよね。
でも結局、ティファニーは買わなかった。デートした時に買ったコットンキャンディの景品の玩具の指輪をティファニー本店に持って行って、無理を言ってふたりの名前を彫ってもらうのよね。
でもその玩具の指輪が離れそうになったふたりの心を繋ぎ止める。そしてあの有名な雨の中のキスシーンになる。」
「映画が上映された当時、映画を見終わったカップルが自分たちの名前を彫ってもらうために玩具の指輪を買ってティファニー本店に押し寄せて、ティファニーが対応に苦慮したそうだよ。」
「気持ちは分かるわ。」
「あの映画は名曲ムーンリバーが流れている。僕は
元々洋楽ばかり聴いていることもあって、大好きな曲なんだ。」
「確かにいい曲ね。オードリー・ヘップバーンが映画のなかでギターを弾きながら歌っているけど、どんな歌詞なの?」
「最初は確か
ムーンリバー とても大きな川
でも私はいつかこの川を渡る
あなたは夢を見させてくれるけど
夢を壊す時もある
でも何処に行こうが 私はあなたについて行く
だったと思う。」
「ユウキは洋楽が好きなのよね?
ジョン・レノンのLOVEという曲を知ってる?」
「愛とはこういうものだと言い続ける歌だよね?」
「そう、その中で大好きな歌詞があるの。
それは、愛とは愛されたいと願うこと、という歌詞
ジョン・レノンは愛されたいと願うこと自体愛であると言っている。
愛って難しく考えなくていいと思う
愛されたいと願えば愛になるから。」

レストランから運河沿いの道を歩いた。
CAのミーティングはホテルのミーティングルームを
借りて行われると亜希子は言った。
男とデートしているCAは他にもいるけど、他のCAには
まだ見られたくないから、と言って、ホテルのレストラン側の入口から入ることにした。

雨は降ってないけど最高のキスシーンをして
と亜希子は言って僕の胸に手を添えて、顔を上に向け
目を閉じた。
キスが終わると亜希子は

「私のお願いを聞いてくれて、ありがとう。」
「どのお願い?」
「そうね、私、いくつもユウキにお願いしたわよね。」

と言って微笑んだ。

「ワンナイトラブにはしないで、と言ったお願いよ。
水曜日、夕ごはんを一緒に食べれたらいいなぁ〜。」
「上手いこと言って早めに帰ることにするよ。」
「水曜日、楽しみにしてる。ユウキ、今夜は早目に休んで、明日から仕事だから。大変な仕事なんでしょう?」
「大変と言うより面倒くさい仕事かも。」
「あっ、もうリーダーが来ちゃった。
もう1回、キスしたかったなぁ〜。水曜日にその分もしてね。おやすみなさい。」
「おやすみ。」

亜希子は早足で歩いて行った。途中で3回振り返った
僕がまだいることを確認する度に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

ヨーロッパのホテルの部屋には必ずと言っていいくらい聖書が置いてある。
僕は英語版の聖書を手に取った。
そして、
私があなたを愛したように
あなた方も互いに愛し合いなさい
という言葉を探した。


つづく