フォロワー様
僕の記事を読んでくださっている皆様
謹んで新春をお祝い申し上げます。
本年も宜しくお願い致します。

僕が住む長野県では大晦日から元旦にかけて雨が降りました。
僕が子どもの頃には考えられないことでした。
僕が子どもの頃はお正月は雪景色だった。
寒さに震えながら両親と諏訪大社下社に初詣に行った
そして、帰りに氏神様の神社をお詣りし、熱くて甘い麦茶を貰い、身体を暖めていた。

僕が大学生の頃は学生に限らず社会人の人たちも冬になるとスキーに行っていた。
その当時はスキーの全盛期で、私をスキーに連れてって、という映画も大ヒットしていた。
そしてスキー場はウインタースポーツのメッカであっただけでなく、冬場のナンパスポットNO1でもあった。
みんなスキーに行きながら、新しい恋の出会いを探していた。 
この頃はまだスノボはなかった。
みんな長いスキーセットを持って何時間もかけて車や電車やバスでスキー場まで行った。 

恋人がいる人は、クリスマスイブをふたりで過ごした後、年末にスキー場に行き、スキー場の宿泊施設で
ふたりで新年を迎えた。
当時のスキー場にあるホテルは室内プールもあり、
スキーに疲れると水着に着換え、室内プールで外の
ゲレンデやスキーを楽しむ人たちを見ながら、プールサイドで飲み物を飲みながら、ビーチチェアで寛いでいた。
そんなスキー場はバブル期でもあったためスキーリゾートと呼ばれていた。

恋人のいない人たちのなかには、松任谷由実さんの曲が流れるゲレンデで素敵な人と出逢い、住所と電話番号を交換し、東京等で再開する約束をした人たちもいた。
こんな世相を皮肉ったのが爆風スランプのリゾ・ラバという曲だった。

僕も大学生の時に1度だけスキー場で新年を迎えたことがある。
但し、恋人と行ったのではなくて、スキー場のホテルで10日間のバイトをするためだった。
ホテルの裏方で雑用係りの仕事をするバイトだった。
バイト代の他に朝昼晩の食事がついていて、毎日、
仕事の合間に2時間、ホテルの人がバイトの人たちにスキーを教えてくれた。
バイトが終わる頃、スキーも滑れるようになっているというバイトだった。
その当時、僕にも彼女がいたが、お正月は実家で過ごしたいと言って帰省して行った。
僕もバイトを終えた時、お正月はやっぱり実家で過ごしたいな、と思った。

先日、車を走らせていたら、
私をデイに連れてって、という看板を見かけ、大笑いしてしまった。
私をスキーに連れてって、と言っていた女の人たちが
歳を取って、私をデイサービスに連れてって、と言うようになったということだと思うが、自分も歳を取ったわけだと思った。

僕ほ洋楽とクラッシックをよく聴くので、大晦日に
紅白歌合戦を見ない。
大晦日は毎年、DVDを借りて来て映画を見てるか、
本を読んでいるかだ。
今年は城山三郎さんの男子の本懐という本を読んで過ごした。
第一次世界大戦後、日本経済を回復させるために、
金本位制への移行に奔走し暗殺された男の姿を描いたものだった。
この小説のなかに 
男が一生信念を貫けば男子の本懐である。
という名台詞があった。
僕は今まで生きて来た年数よりもこれから生きて行く年数の方が圧倒的に少ない。
今年の抱負は
男子の本懐と思える人生を歩んで行く、にした。

窓の外は雨があがったみたいだ。
これから奥さんと初詣に行こうと思う。
還暦を過ぎた僕には、
やはり雪のないお正月は趣きが感じられない。