中学3年の5月連休明け、1学年下の女の子がクラスの男子の間で話題になっていた。
色白でショートカットの似合う可愛い女の子が転校して来たという話しだった。
その女の子は出来ないスポーツはないと思われる位
運動神経が良くて、バスケ部もバレー部も必死に勧誘したのだが、その女の子は断った。
その女の子は父親の仕事の関係で年に2回は転校を繰り返していた。
仲の良い友達が出来ても、直ぐにさよならしなくては
いけないと悲しがっているという話しだった。
男子の間で大人気になっていたが、これと言って得意なスポーツがなく、毎日放課後図書館で本を読んでいた僕には関係のないことだと思っていた。

6月のある日、いつものように図書館で本を読み校舎から出ようとすると雨が降っていた。僕は折りたたみ傘を広げ歩き出した。
学校の正門を抜けて少し歩くと、自分の後ろを歩いている女の子に気が付いた。
その女の子は僕を追い越すわけでもなく、僕の後ろを歩き続けていた。
振り返って見ると、その転校して来た女の子だった。

僕が不思議に思ってその女の子の方に近づこうとすると、その女の子は後退りした。
僕が歩き始めるとまた後を歩いてついて来た。
僕が振り返り、その女の子に近づこうとすると、その女の子はまた後退りして、その微妙な距離を保った。

「どうして僕の後をついて来るの?」
その女の子は何も言わなかった。
僕が諦めて歩き出すと、その女の子はまた僕の後ろを歩いてついて来た。
僕がまた振り返ると、その女の子の姿はなかった。

その日から、その女の子は学校の帰り道、 
僕の後ろを歩き続けた。
僕は歩きながら話した。
「名前は?」
「2年3組の雨宮由紀子。
みんな私のことをユキって呼んでる。」
僕は振り返った。ユキの姿はなかった。

次の日はまた雨の日だった。
傘を指しながら、僕は後ろを振り返りユキに近づこうとした。ユキは後ずさりし、ふたりの間の距離を決して縮めさせようとしなかった。
「どうして近くに行かせてくれないの?」
「それは鈴原さんが自分で気がついて欲しいの。」
ユキはそのまま走って行った。

次の日、僕は振り返りユキに話した。
「僕はスポーツが得意じゃないんだ。」
「鈴原さんがスポーツが苦手なのは知ってたよ。
鈴原さんの体育の授業を見たことがあるから。
そんなこと気にしてたの?
私は、鈴原さんみたいに静かに本を読んでいたり、
絵を描いていたり、楽器を弾いている男の人が好き。私みたいな女の子はヤダ?」
「そんなことないよ。」
「良かった。」
僕が歩き出すとユキも歩き始めた。
そして、いつの間にかユキはいなくなっていた。

僕は毎日、ユキとの距離を縮める方法が思いつかないまま、後ろを歩くユキと話しをしながら帰った。
いろんなことを話した。好きな本、好きな音楽、
そして将来の夢。
1度ユキは、私は男の人が歩いて行く姿が好き、
と言った。
そんな毎日が1ヶ月ほど続いたある日
「鈴原さん。」
僕が振り返るとユキは僕の目を見つめていた。
そして
「鈴原さん、さようなら。」 
と言って走って行った。
僕は悪い予感のようなものを感じた。

次の日、学校に行くと教室の前にユキの友達が待っていた。
「鈴原さんには言わなかったと思うけど、
ユキは昨日転校したんです。今回は急なことだったみたい。
ユキにこれを鈴原さんに渡して欲しいと頼まれました。」
僕は可愛くラッピングされた細長い小さな箱を受け取った。

教室に入り開けて見ると、メーカー品のシャープペンが入っていた。そして、その箱の中には折りたたんだ小さなメッセージカードも入っていた。
読んでみると、
あの距離は鈴原さんに縮めて欲しかった。
鈴原さんに、好きと言われたかった。 
付き合って欲しいと言われたかった。
私のこと忘れないでね。
と書いてあった。

ユキとの距離を縮める方法は難しいことではなかった
ユキに好きだと言えば良かっただけのことだった。
でも、そんな簡単なことが、
その時の僕には分からなかった。
私は男の人が歩いて行く姿が好き、 
と言った時のユキを思い出した。