本番がはじまりました、、、ということで、たぶんしばらくは戯曲よりも上演、のことを考える、当たり前だけど。

もっとよくしていきたいですな。

 

お客さんに見てもらって分かることが色々ある。

戯曲は変えないけど、千秋楽までまだまだできることがある。

やるで~。

戯曲を書いて終わりではなくて、それを元にして、芝居を上演しなくてはならない。

 

だから上演を前提とした戯曲は早く書きあげなければならない。

俳優が読み込んで府に落とす時間も必要だし、どうすればおもしろくなるかと、検証する時間も必須。

 

台本渡されていきなりできるなんてことはあんまない。

たまにあるけど。

でもあんまないね。

 

だから、上演を最高のものにしたいのならば、戯曲を早く書かなければ。

肝に銘じるよオレは。

 

 

 

もうすぐ本番。

 

五月の初旬くらいから戯曲を書き始めて、色々と次に向かうために反省してなくてはならないことがたくさんあるので、まとめてこの辺で反省しとかないと。

 

まだ公演は終わってないし、はじまってもないから今反省しちゃうのもあれなんだけど、、。

 

 

台本は入念に準備したら、絶対にもう変えないほうがいい。また新たに書き始めようとしたりしては、絶対にダメ!

書けない書けないと思っていても問題点を見つけ出し改善しようとすれば絶対にどうにかなる。なる!

長編なら本番の3か月半前くらいから着手しないとね。着手はね。

 

そして、人物については人格を一致させることが必須。この流れでこれは言わないだろう、ということを言わせがちなんだけど、オレは。それはダメダメ絶対。

なんとなく、まあいいかあと思って書き連ねちゃうときもあるけどダメだそれは。

ラシーヌの3一致の法則で最も大事なのは人物の一致だと思っている。

一貫した人物がその性格、状況にそぐった言葉を話した時の作品の破壊力はすごい。

それ最近気づいた。遅いわ!

 

稽古もやる度に発見があって、ああしたこうしたいと思う。

検証していく時間がほしい。なのより俳優が読み込んでオレの言葉を浸透させることが最も大事。大事。そうしないとほんとには破壊力でない。

 

本番はじまったらまた反省点たぶんでるけど、とりあえずこれはクリアすべく心に止めて次に行く。

 

 

 

 

 

 

 

保坂和志の名言をつぶやくツイッターのBOTをフォローしてて、

ものをつくる限り、不安や不安定がらは逃れられない、というありがたい言葉が流れてきた。

 

ほんとに不安や不安定はずっとだよな~。

どんな作品でも誰かは絶対に褒める、みたいなことってある。

えー、なんでこれが褒められてんの~、とか自分には関係がないことで不満が募ったりとかも、する。意味ないのに。

 

なんでこんなにも惨めで情けない気持ちになるのだろうか、自分でも理解できない。

いい年してしょうもなさすぎるぞこれは。

 

昔、大学生の時に土井先生の「友だち地獄」を読んで、感銘を受けて、

ここで書かれている問題に土井先生も悩むことがある、とあとがきに書いてあって、

オレはすごいなんか安心した。大人でも、頭いい人でも悩むんだ、みたいな。

 

悩みもつきないし、不安定もずっと続いている。

 

オレはこんはずじゃない。なんでオレはこんなに満たされないんだ、みたいな。

あ^、満たされてーなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戯曲を書く上で、登場人物の人格が一貫しているというのはすごく大事。

そんなことは当たり前だろ、とみんなわりと思うのかもしれないけど、

でも巷の若手作家とか、性格途中で変わっちゃうような人物書いてるよ。

そういうの分裂病にしかみえなかったりするんだけど、わりと素朴な観客は気がつかないんだよな。違和感は感じてるのかもしれないけど、どこに原因があるかはそれはプロの作家じゃないとわかんないのかもなあ。

物語を書いていると、ここでその人物はこんなこと言わない、とか、そんな行動はしない、みたいなことをさせたり、言わせたりしてしまうことがある。物語を展開させるために。

それダメ絶対。

 

一貫した人物を書いて、それを俳優が演じた時の破壊力はすごいから。