今日は春風舎で演劇を観た。
ももじさんのホエイ。
風邪気味だからコンディションよくなくて、咳しないようにメチャクチャ我慢してたら涙と鼻水が垂れた。
と、まあそんなことはどうでもいいんだけど。
なんというか、基本的にオレが演劇観ても、映画みても、考えることは脚本のことばっかりなんだけど、やっぱ脚本のことを考えた。
ももじさんの戯曲はいつもだけど、人物の関係性への言及が薄い。それはいいとか悪いとかじゃなくて、ただ、そう、というだけ。
関係性や物語ではなく、人物のキャラクターでみせていくタイプの戯曲。
構造でつくられた笑いはない。人物の行動や人格で笑わせる。スクリューボールコメディーといってもいいと思う。
最後に急に他者との相互理解は不可能だよね、的な展開になる突然さ、とか、主催者と怪談アイドルとの関係に急に焦点があてられたりとか、わざと早急な展開、絶対ふつうのひとが言わない頭のおかしい言動をさせている。
この2点をどう考えたらいいのか迷う。
あきらかに戯曲としてうまくはない。多くの人の賞賛や理解は絶対に得られないと思う。
まあ演劇でいう多くの人の賞賛とか理解ってたぶん1000人とかくらいのしょうもないレベルの話だけど。
ただ、ももじさんの作品はそうだし、そういうところに志向がある、ということ。
でも、今のオレは、物語の力を使ったらもっと見やすいのに、とか、ふたりの恋愛関係に焦点を当てるような作劇にしたらもっと展開が熱くなるのに、とかどうしても思ってしまう。
あと、人物の関係を考える力も劇作家の素養のひとつだから、その辺にも手を伸ばしたほうがいいのでは?と勝手に思う。まあオレの勝手だけど。オレはうまくなりたいから。
ももじさんがどう世間に評価されて、どういうふうに作品を変遷させていくかに興味がある。
とにかくオレはうまくなってうまくなりたい。
変なことはその後でもできる、と思う。うまいことができてはじめてそこに手を伸ばしたい。