長崎に原爆が投下されたのは1945年8月9日である。毎年8月9日に平和祈念像が建つ公園で催されるのだが、今年は局地的豪雨の為室内の催しも検討されたが、当日は日除けテントを外し、何時もの公園で行われた。
長崎市長、日本の首相、アメリカの大使も式典に参加した。右翼の妨害、ゲリラ雨、熱中症者も無く平穏に終了してよかった。
昭和30年頃の話になるが、郷里長崎を離れ吉祥寺に在った長崎県東京学生寮(木造2階建、男子だけ80名)で生活していた。東京にいて長崎がニュースになるのは「くんち」と「8月9日」くらいである。
平和祈念像の前で式典が催される事は、新聞の写真入りで記事で知っていたのだが、翌年の夏休みに帰郷して、その日8月9日早朝平和公園に行ってみて驚いたのである。
式典会場内に紅白の垂れ幕が張り巡らされていたのである。私は公衆電話から市役所に電話をかけた「式典は原爆で亡くなられ人の魂を慰めるもので、お祭りではないのだから、周囲の紅白の垂れ幕は白黒にすべきではないのか!」と…。
市長、議長、議員さん達にしてみれば大勢の前での挨拶は票になるかもしれないが……、暑くなるまえに家路と歩いたのだが…、新聞では白黒の写真だったが…当時、新聞のカラー印刷は無く紅白が白黒に見えた事を。式典の当事者も市民も気が付かないなんて……。
翌年市役所に電話したら「白黒の垂れ幕です」の返事であった。
式典はこれからも毎年繰返されるであろうが、政治家は式典で平和宣言をアピールし、若者に原水爆禁止の署名書を国際機関に届けさせる事で、世界平和が訪れると思っているのだろうか。もし、そうだとしたら自慰に過ぎないとしか思えないのだが…。
原爆を投下したのはアメリカ国家である、訪れるアメリカ人にしてみれば、ほろ苦い原爆資料会館であり式典であろう。