「正しい」ことだけでは人は救えない | これがアタシの生きる道

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アラフォーでノンセク。サッカーとかマンガとか旅とか好きなものについて好きなように語ります。

正しいこと、にやたら拘る人がいる。
まじめな人に多いと思う。
まじめ、というのはいいことだと思う。

だけど、まじめな人は得てして「正しいこと」に拘りすぎる。
「正しいこと」を「正しく」遵守せよ!!!!と人に強いる。
自分の中ではそれが当たり前で、正しいことなのだから少しも悪いと思っていないのだろう。守らない奴が悪い。守っている自分は正しい。

だがしかしそれが人を追いつめて行く。
世の中にはいろんな「グレーゾーン」が存在する。
「正しい」ことの大好きなまじめな人は、その「グレーゾーン」が、どうしても理解できないのだと思う。グレーなど存在する必要があるのか。ダメなものはダメと線引きしたならば、こちらは白で向こうは黒でしかないのではないのかと。

最近こんなことがあった。
バイトのAくんは店の余った食材を持って帰ることがある。
本来は禁止である。
でも、彼が持って帰ろうと帰るまいと、その食材はただ廃棄処分されるものだ。
別に、回収されて肥料になるとかそういうのはないので。
だが、店としては(様々な理由があるだろうが)禁止である。
正直、Aくん以外でも、オーダーミスで作ってしまった料理をまかないとして食べたり、期限切れの食材を持って帰っている人はいる(というか、まったくやったことのない人は存在しないと思う)。


それに、新しいチーフのBが気づいてしまった。
彼は絵に描いたようなまじめな青年である。
だから、廃棄処分であろうとも店で禁じられている食材の持ち帰りをするAくんが許せなかったのだろう。
マネジャーに報告したらしい。来週からシフトに入れない……となったそうだ。
ただし、Aくんはその問題発覚後もやめるとは言ってきていないので、たぶんお叱りを受けた程度であると思われる。


さて、皆さんはこれをどう見るだろう。
Bのしたことはしごく当然、店の食材は廃棄物であろうと店のものだから窃盗も同然、などと思うのだろうか。まあ、単純に正しい、正しくないの観点から言えば、正しいことである。店の食材を持ち帰ることは(基本)禁じられているので。

ただ、これだけは言えるが、Aくんは期限の切れていない食材を持って帰ることは一切していない。あくまでも彼が持ち帰るのは「このままだと廃棄するだけの食材」なのだ。

食べてもらえなかった食材を、捨てるのはもったいないと持って帰ることのどこが悪いのか……。
マネジャーに通報するほどのことなのか。
シフトに入れないって、そこまですることなのか。

正直マネジャーだって余ったものを食べることくらいはしている。
だからおそらくマネジャーも彼のバカ正直な通報の対処に内心は困惑したものと思われる。なぜなら、その事件の後もマネジャーから「そういうことはしないように」という通達が一切ないので。


飲食業をやっていると、もったいないの精神と、コンプライアンスの狭間で苦しむことがある。
お客様には当然出すことが出来ない期限切れの食材。でも、お客様に「もしものこと」があったら一大事なので出さないだけで、はっきり言って、全然まだ食べられるもの。それを「もう期限切れで、廃棄処分だから」と、あっさり捨てられる人間はどこかが麻痺してしまっていると思う。

あーもったいない!自分なら食べるのに!と思うことのどこが悪いんだろうか……と、アタシは思っている。
この問題は、Bのしたことは正しい!Aが間違っている!と片付けることは出来ないと思うのだ。

例えば、Aくんがその持ち帰る食材でなんとか生活をやりくりしていたりしていたら?
アルバイト代で学費を賄っているとしたら?


正しい人は「そんなことをしなければいいだけの話」と、言うのだろう。
間違ったことをするお前が悪いと。

でも考えてみて欲しいのだが。
「期限切れの、廃棄するだけの食材」を、持って帰ることで、誰が損をするのだろう。
「期限切れの食材を持って帰る人間を告発する」ことで、誰が得をするのだろう。


Bは自分が、会社のためになることをしたと思っているだろう(もうじきマネジャー昇進試験をうけるそうだから)。

だけど彼は、バイトの人間の全員の心を凍り付かせたことに気づいていないだろう。
たぶん彼がマネジャーになっても、彼を心から尊敬し信頼する人はいないと思う。
この人の前で間違ったことをしたら告発されて一刀両断にされる。
戦々恐々とするだけだ。


たぶん正しいことの大好きな人は、なぜ正しいことをしているのに自分が人から尊敬されないのか、理不尽な思いを抱えることもあるだろう。
そういう方は是非考えてみて欲しい。
そのあなたの正しさは、果たして誰かを傷つけていないだろうか?

正義の剣でばっさばっさと切って行く「正しくないこと」は「正しくはないかもしれないけれど、悪でもない」ことだってあることに、気がついて欲しい。