自由自在
平尾誠二さんの
お墓に刻まれた文字を目にしたとき
この文字だと思いました。
よく目にする文字なのに
なぜ思いつかなかったのかな。
息子の人生を振り返るのに
最高のぴったりな言葉だった
息子が自由と言う選択を奪われた
18才から7年間の記録を綴ります
宣告を受けた本人と家族の
目まぐるしい時間です
2020年12月14日 息子の息が絶えた
7年間の闘病
それは激しく悔しい時間だった。
私たち家族には
立ち止まるとその時間は
だんだん色濃ゆくなり
永遠に続く事を知る
強さを持った
優しい息子は
夢をたくさん抱き、叶え、歩んでいた。
2014年4月26日
体調の変化を連絡してきた
「体が動かん・・・」
息子が進学した場所まで
150キロ
仕事を終え電車に乗り向かった
まだ呑気だった私は
デパートで元気になる様
好きな物を選び買い物を済ませ
下宿先に向かった。
ベットでぐったりしていて
体温は40度近い。
インフルエンザだな…
明日朝すぐに病院だ。
私は強い
何だかんだ
自分のいいように物事を考え
片づける性格だ
明日行けば何とかなる。
振り返るとそう思った
に違いない
翌朝、事態は一変した
「救急車呼びますので
H大学病院まで行って
いただけないでしょうか?」
点滴され、体力は回復していた。
なぜか血液検査までされていて
その結果を踏まえての事だった様だ。
H大学病院に到着すると
救命救急センター入り口で
ブルーのユニフォームを纏った数名が
ストレッチャーを引っ張り出し
アッという間に息子を連れ去った。
待合室で何時間待ったか思い出せない
数時間後
医師が数枚の紙を渡してきて
書面を読みサインしてください。と
「地元に連れて帰ります」
と言うと
そんな余裕はないですよ
の言葉に
渡された書類に視線を落とすと
記された恐ろしい文字の数々に
涙がでた。
「これから、何がはじまるのですか?」
「なんの病気ですか?」
それを調べるために
これらの検査が必要なんです。
承諾いただけますか?
読んでも意味が分からないが
息子の体は一大事と言うことは分かった
何枚も、何枚もサインした。
何をされて
どうなるのか
何も理解できないまま
サインをして承諾するのだ。
そんなもんだ。
自分の意志で、
なんともできない
不自由
な人生の始まりだった。