
私は子どもの頃から歌を唄うのが好きでした。
家の中でよく唄っていたら、近所の家にも聞こえていたようで、
「お歌がお上手なのね」と お世辞を言われることもありました。
私が記憶している一番古い歌は・・・
黛ジュン の 🎵天使の誘惑 1968年のヒット曲です。
♪ 好きなのに あの人はいない~ 話相手は 涙だけなの~ ♪
う~ん、私は4歳。 あッ、遂に年齢をカミングアウト!?
もちろん童謡なども唄っていたと思いますが、かなりのおませさん??
なぜ歌謡曲なのでしょうか・・
私の父は、朝起きると必ずラジオのスイッチを入れていました。
出勤日の朝はもちろん、休日も午前中はテレビよりもラジオ派の人でした。
それがAM放送だったので、私は幼少の頃より歌謡曲をよく耳にして大きくなったという訳です。
特に、日曜の朝の放送『 不二家歌謡ベストテン 』 の影響がかなり大きいです。
ご存知ですか? ( パーソナリティは ロイ・ジェームス )
テレビでも歌番組をよく観ていました。
紅白歌のベストテン、トップテン、 ザ・ベストテン、 ベスト30歌謡曲、 夜のヒットスタジオ、 ミュージックフェア、 レッツゴーヤング などなど。
小学生の頃、私のステージは炬燵テーブルの上でした。(お行儀が悪くてごめんなさい。)
色んな人の歌を唄いました。
女性歌手の歌のときはその曲のイメージに合わせて、観客もいないのに服を着替えながら唄っていました。
(家事をしている母は観客というよりはリスナー。)
小学5年生の時には、芸能雑誌『平凡』の付録 "ヒットソング・ブック" の最初から最後のページまでを唄ったりもしました。
ヒット曲以外に演歌やヒットしていない歌も掲載されていたのに、殆ど唄えて自分でも驚きました。
まだカラオケボックスがなかった時代。正しく唄えていたかは定かではありません(笑)。
ちなみに、私のカラオケデビューは26歳と少し遅めです。
安全地帯 🎵悲しみにさよなら 作詞 : 松井五郎/作曲 : 玉置浩二 (1985年)
この曲は、彼がカラオケで90点台の高得点だった歌です。
彼の声質に合った選曲で、彼の性格そのままに素直に正確に唄い、得点に関係なく邦楽のレパートリーの中では一番上手でした。
そして・・・
今井美樹 🎵瞳がほほえむから 作詞 : 岩里祐穂/作曲 : 上田知華 (1989年)
ふたりで初めてカラオケに行った時、彼が私に「唄ってほしい」と言った曲。
彼は夢みていました。 「自分でも唄うけれど、やっぱり女性の声で聴きたい。」
迷った遥かな日々 涙じゃなく力にして
あふれる想いを今こそ果てなく抱きしめて
うれしい あなただけが私だけをさがしていた
* トップ画像は 虹シリーズの第4弾(2002年撮影)です。