あっという間に年も明けてしまい、2月も後半です。
バレンタインデーのこと、頭にあったものの、当日、慌てて対応しました。ギリギリセーフでした。
さて、今回は、悩んでいることについて、少し記事にしてみようかなと思います。

(ネットのフリー画像を貼付しました。)
まず、自分はいつも色々気にしてしまう性格です。なるべく相手を怒らせたくなく、平和に済ませたい質です。穏便に済ませたくて我慢することもあるかもしれません。そのときは気が付かなくても帰宅後にズシンと来ることが多くて落ち込みます。
そして、仕事の面では、困り事を聞かされる頻度が増えてくると、解決方法を考えなければならないのかな、これはこちらに考えてほしいという意味なのかな、どうしたいのかな、この方はご自分で方法を考えたくないのかな…と、なってしまいます。
本来なら、相手が言い出した事なのだから、相手がやればいいことです。自分は背負わなくていいのですが、相手に対して気を回してしまい、結局、相手からは「自分は無関係だから〜」と振る舞われ、自分だけが頑張っていることにされてしまい、問題点ごと背負わされてしまいます。
これは小学生の頃も経験済みですが、言い出しっぺほど、やらないですよね。課題を打ち上げて、騒いでおきながら、人が動くと静かになって見守るポジションにおさまります。
問題提起をしている人間ほど、仕事をしているように見られてしまう不思議。当事者意識があって素晴らしいですよね、と、賛同されがち、といいますか、いつもイイヒトのポジションにいて、守られているような気がしています。
でも、実際は、その影で、そのヒトの言動により、どのようにしたら良いのか、考えている人間がいる、ということをあまり周りからは、ご認識いただけないのです。
言い出しっぺが誰であるのかも認識されないですし、肝心な言い出しっぺは押し付けて逃げてしまうので、理不尽とはこういうことを言うのかもしれないなと感じてしまいました。
いつも矢面に立たされて悲しいです。誰にも守られないし。
解決しなければ、と考える人間は、一時的に面倒事を生む事にはなってしまうので、損なのですよね。本当は考えたくないですし、やりたくないです、こちらも…。でも、仕事ではあるので我慢しています。
何かいい案ないか、◯◯したい、◯◯できないか、とか、こちらに言わずに、まずご自分で考えて、ご自分が動くこと前提でこちらに意見を尋ねてくださるといいのにな、と思います。
丁寧に拾って、救いあげてしまう自分がいけないこともわかっています。その方の気持ちが楽になるかな、不満も和らぐのかな、と配慮することも、本来は余計なお世話なのですよね。
ご自分でやってくださいね、と、そっと放置できた方が本来の優しさかもしれません。
こちらだって、限られた時間を割いているので、かなり無理しています。しんどいです。
問題点を声高に言うだけならタダです。自分もその方のようにそうすればいいのかな。言うだけなら楽だと思いますので…。
こちらは矢面に立たされて、最悪だなと感じています。またこちらが言わないとならないのかな、やらないとならないのかな、と思ってしまって辛いです。
問題に気づいたなら、こちらに言わずに、まず、ご自分で考えてみたらどうかな、当事者意識があるのだから…と、思ってしまいました。
いつも馬鹿を見ているなぁと感じています。
はっきり言ってストレスです。悲しいです。
経験を積めていると思うしかありませんが、そろそろ限界かもしれないです。先日、医療機関の再々検査があったのですが、想像より結果が悪くて、あーあ、って感じでした。
マイナスな事は綴りたくありませんでしたが、ここで吐き出してみました。あまりに辛かったようです。