ご訪問ありがとう
ございます。
我が町の市長さん
さんがFacebookに
投稿した写真です。
「免疫力を高める
弁当です。」
「美味しいです。」
とのコメントが
ありました。
それを観覧した
時に、うれし涙と
市長への感謝
の気持ちで
胸が一杯に
なった。
ありがとうございます。
食べてくださり
ありがとうございました。
なぜなら
この弁当の
給食センターは
Ą級障害者
のための
の支援センター
である。
そして
その支援センターで
私の次男が働いて
いるからである。
私の2人の息子は
障害者なのである。
長男は以前から
blogで投稿
しているだが
次男については
知っている方も
中にはいるが
投稿を控えていた。
なぜなら、
誰でも驚くと
思うし、
こんな人間の
屑のような
親に障害を持つ
子供が2人も
いるのかと
同情やら嘲笑いを
散々、されて
きた事が
あるからである。
でも、
あえて投稿します。
こんな親子がいる
のです。
笑われても
助けになる
訳ではないかも
知れないけど
幼い子の事で
悩んでいる方に
人間の屑と
云われた
最低な親である
私が、一人で、
2人の子共を
なんとか周りの
支援で育てられた
のです。
こんな
私がですよ。
必ず
なんとかなると
思ってください。
次男は離婚後、
手元で育てたが
保育園では
活発で
落ち着きなく
周りの子と
良くトラブルを
起こしていた。
担任の教師から
「○○ちゃんの
おかげで迷惑して
いる。」
と、
はっきり
言われた。
もう邪魔ものだ。
長男の入院先の
病院で検査
「発達障害
及び
多動性」
である事を
診断された。
結果を伝え
園長と話し合う。
驚くことに
園長は発達障害
及び、
多動性注意欠陥
障害を知らない
と云う。
知識まるでなし。
なんて、遅れた
町なのだろうか。
富山県に比べて
福祉の
レベルの低さよ。
しかし向上心の
ある園長は話しを
聴き、直ぐに
調べて勉強を
された。
後に、園長から
話しを聴いた
担任が謝って
くださった。
でも、それは
知らないから
仕方がないのだ。
園での生活は
時に、
虐めにあったり
色々なトラブル
にもあった。
だから
小学校に入学時
に長男と同じ
支援学校に進ませ
ようと思った。
しかし、
病院の院長が
「このような
子供は地域の
学校に通わせ
色な経験を
させる事が必要
である。
また地域も
皆で支援して
育てて
あげる事が
大切なのだ。」
と言われた。
町の小学校に
通わせようかと
考えが固まって
来た頃に
ある、ひとりの
男性、町会議員
でもなんでもない
人なのだが、
なにかに付け
町の行政に
いちゃもんを
つけて役所に
出向き文句を言い
居座る人が
息子、ひとりの
為に支援学級と
担任をつける
事を聴き付け
「馬鹿な子供に
税金を使うな。」
と小学校と
教育委員会で
怒鳴り散らした
そうだ。
挙句の果てに
私が留守の時
に家に来て
玄関で母親に
まで文句を
云って帰った。
しかし
誰にも相手に
されなかったのか
静かになった。
息子は、町の
小学校に
入学した。
その後、
中学の
特別支援教室、
卒業後に
支援学校と
学校での支援、
担任の先生に
恵まれたが、
やはり
虐めが酷かった。
なんとか
支援学校を卒業し
現在は
先の支援施設
で、お弁当作り
の手伝いをしたり
山の中にある
資源ゴミの
リサイクル
センターで
働いている。
回収された
空き缶、
ペットボトル
などを洗浄する
仕事である。
私達の飲んだり
食べたりした
アルミ缶や
ペットボトル
などの資源ゴミで
ある。
楽そうに見えるが
危険も伴う
仕事である。
いつも、思うのだが
生ごみの回収
など、誰かが
やらないと
世の中が回らない
仕事が多くあるのだ
見下す人もいる
そうだが、
考えて欲しい。
陰の功労者が
いるからこそ
私達は生活が
できるのだ。
そしてお弁当
作りの仕事、
配達先を探す為に
施設では大変な
想いをしている。
一昨年のコロナ禍
で配達先の学校
が休校になり
困っておられた。
お弁当を作り
注文先に届けて
障害者の方は
少ない賃金を
報酬として
貰っているのだ。
いろんな
個性の方々を
纏めて支援される
施設の方々、
そして、
真面目に仕事を
こなす障害者の方達、
一つ、づつの
お弁当には
彼らの苦労と
頑張りの優しい
味がするのです。
人が、どう見ようとも
どう思われようとも
何を恥じることが
あろうか。
貴方たちは
神から与えらた
境遇の中で
懸命に
生きているの
です。
様々な境遇の
中で生きている
のです何も
恥じることは
ないのです。
と、
私は思います。
私の2人の息子は
こんな酷い
ろくでなしの
ひとり親
の元で頑張って
生き抜いて
どうにか、
自分なりに
自立してくれた。
これからも
抱える問題は
多いし続くと
想いますが、
助けてくれる
多くの方々への
感謝を決して
忘れずに
助けてもらって
前に進んで
欲しい
それが
先の短い母親の
願いです。
多くの支えて
くださった方々
の中には、
逢えない方も
たくさんいます。
全ての方に
愛と
感謝と
おかげさま
それを伝えたいです。
そして
障害者の方に
エールを送ります。
ありがとう。
生きていて
くれて
ありがとう。



