朝の5時を過ぎたが
外は薄暗いです。
日に日に
夜明けが遅くなって
います。

いつもの川です。
今朝は少しだけ
上流で撮りました。



雲っている為か?
いつもより
水音が響きます。

荒削り
剥き出しの岩肌が
神々しいです。

帰る為に車に
乗り込むと
突然、
大粒の雨が降り
出しました。


hiro-san
ありがとう
ございます🙏


人は、亡くなって、あの世に持っていけるものが2つあると言います。

 

一つは、人に与えた喜び。

 

もう一つは、人に与えた悲しみ。


どんなに大きな家も、高級な車も、毎日愛用している物も、社会的な肩書きや、地位や名誉も、あの世には持っていけません。

 

しかし、人に与えた喜びや悲しみは、人々の心に残ります。


仏教では、あの世に行くときは、「浄玻璃(じょうはり)の鏡」の前に立つといいます。

 

 

相田みつをさんのこんな詩があります。

 

「浄玻璃の鏡の前に立つ

つまでは

 

秘めておきたし

 

あのこともこのことも」

 

浄玻璃の鏡の前に立つと、

生まれてから死ぬまでの間に、人に与えた喜びと、人に与えた悲しみが、走馬灯のように一瞬にしてその鏡の中で再現されるといいます。

 

人に与えた悲しみが多ければ、身もだえするような苦しさとなり、深い悔悟の念にかられ、針のむしろとなります。

 

その状態を地獄といいます。

 

また、人に与えた喜びが

また、人に与えた喜びが多ければ、無上の喜びがこんこんと湧いてきて、笑顔がこぼれ、うれしくて、楽しくて仕方なくなるそうです。

 

それを天国といいます。


多くの人に喜びを与えることができる人でありたいと思います。


自分も気をつけて

反省せねば

ならないが、


人は独りで生きて

いないのです。

おかげさまで

生きているのです。


それに気がつかない

で自分に良いことが

起これば自分の手柄

と傲慢になりドヤ顔



上手く行かなければ

他の人が悪い

人を思いやる振り

して俺が、俺が、

私が、私が

身勝手さ。

そんな人がいますね。




 死んでからじゃ

遅すぎるえーんえーん


誰でも完璧に

生きれるはずは

ないけれど

たくさん、

たくさん、

躓き、

知らず、知らず

人を傷つけ

また

傷つけられる

こともあるけれど

失敗し後悔も

あるけど、


1度きりの人生だから

楽しく目一杯に

生きたい。


自分が、この世に

別れを告げる前に


自分にもだが、

他の人の為に喜びを

与えられ受けた恩に

感謝ができる者


そして

後悔のない

人生だったと

思えるように

今を生きたいです。