今朝は雨まじりの
天気でした。
雨の中でも
釣り人がいます。
富山の秋の風物詩「おわら風の盆」が1日夜、始まりました。新型コロナの感染拡大で規模を縮小したものの、踊り子らが3年ぶりに観客を魅了しました。写真→https://t.co/StzquEm9Pk #おわら風の盆 #越中おわら節 #富山 pic.twitter.com/DHjj8yOCaO
— 時事通信映像ニュース (@jiji_images) 2022年9月2日
立春から数えて二百十日、
初秋の風が吹くころ、
おわら風の盆は幕開けを迎えます。
揃いの浴衣に編笠をつけ、
実に幻想的であり優美に舞う姿は
今も昔も多くの人々を魅了します。
風の盆の見学は
した事は
ありませんが、
八尾へは
何度か行きました。
白い石畳の坂の
静かな町です。
機会があり
ある会食に招かれ
舞台で踊りが
披露されました。
胡弓と三味線の
音色が儚く
美しかったです
男踊りと、
女踊りがあります。
男踊りは大変
難しい踊りだ
そうです。
伸ばした
指先の1本が
ピンとして
とても美しい😭
幻想的な
踊りに魅了され
ました。
舞台で、これ程
美しいのなら
八尾の町で見る
踊りは素晴らしい
と思いました。
雨が振り大変
だったと思いますが
八尾の方々が
3年間心待ちした
この日を迎えらて
良かったです🙏
見には行けな
けど
ありがとう
ございます。🙏
この世で人生の成功者になるには、ただ一点、感謝です。
逆をいうと、「当たり前」といった瞬間から、不幸が始まる。
すべてのことは「当たり前」ではありません。
我々のまわりにある「当たり前」に気づき…
おかげさまと、感謝の念で暮らしていきたいと思います。
大分、以前に
パートで3年間
働いた町工場の
現場の仕事は
キツかった
しかし
人間関係は
よかった。
ただ1人を覗けば
主任である。
自分の
ストレスの
発散を
まるっきり
関係のない
私に向けてくる
事がある。
その理不尽さ
に😒💢💢泣き
腹が立ち嘆き
ながら心の中で
下品だけど🤭
○○○(名前)
コノヤロ👊😠💢
昔から
お前は男の癖に
卑怯者だ~📢
の連発。🤣🤣
その主任は
近所の住民で
私の5歳上
昔から
根性曲がりで
嫌われ者と
噂は聴いて
いた。

あ~悔しい😖
そう
思いながらも
働け給料が貰える。
我慢するしか
ない。
当時は
就職場所が
少なく
仕事を辞めても
働く場所は
母子家庭の
1人親には
中々
見付からない
地域だったから。
働きながら
ヘルパーの資格を
取るまではと
3ヶ月間、土日に
学校に通った。
キツかったけど
楽しかった。
似た境遇の
人と仲良くなれた。
資格を取り
最初に勤め出した
介護施設の
ヒステリックな
経営者の
罵りに泣かされ
辞めた人もいた。
私も苛めかと
思える
くらいに酷い
暴言を吐かれた。
辞めたいと
涙する日も
あったが
食べて行かねば
ならない働く
しかなかった。
叱られるのも
給料のうち
なんとか働き
給料をもらい
生活できた
ありがたい。
全てが辛い
日ばかりでない
良い日だって
あるのだ。
今、思い出すと
辛さも
感謝に変わる。
学びに
不足な面は
あるけれど
その施設を
辞めて他の
施設で働き
仕事で
学んだ事柄が
自分の実に
なった事が
幾つか、あった
その時は必死で、
気がつかない
けど、後々
気付かされた。
辛さも無駄じゃ
なかったのだ。
全ては
順風満帆には
行かないけど
働き給料を
貰えた事に
感謝できる
のです。
働かせて頂き
ありがとう
ございます。🙏
自分の力で
のし上がり
こんなに
自分は裕福だと
自慢し物を
見せびらかす
人がいる。
言葉の節々
に傲慢さが
漂う人が
時々います。
確かに本人の
努力は並では
ないだろう
しかし
自分ひとりで
成功したの
では
ないと思う。
周りの助けが
あったから
こそ
できたのでは
ないでしょうか
全ては
おかげさま
だと思う。
人はひとりでは
生きて行けない
のです。
当たり前では
ないのです。
日常で当たり前だと思っているさまざまなことは、実は「ありえねえ」の連続です。
— 大愚 元勝(大愚和尚) (@Taigu_gensho) 2022年8月24日
いろいろなものや人に支えられて自分自身の命があるということがわかったとき、心の底から感謝が湧き上がってきます。
仏教は幸せになる教え。感謝を感じられる人は幸せな人です。どうか、幸せな人になってください。


