作家の故三浦綾子さんの人生は難病の連続だった。

次々と襲いかかる難病。

 

それだけで絶望し、人生を呪っても不思議はない。

 

だが三浦さんは常に明るく、ユーモアに溢れていた。 



誰の人生にも絶望的な状況はある。

 

だが、心が受け入れない限り、絶望はない。

 

同様に、誰の人生にも不幸な状況はある。

 

しかし、心が受け入れない限り、不幸はない。


その三浦さんがこんな言葉を残している。 


「九つまで満ち足りていて、十のうち一つだけしか不満がない時でさえ、 人間はまずその不満を真っ先に口から出し、文句をいいつづけるものなのだ。

 

自分を顧みてつくづくそう思う。

なぜわたしたちは不満を後まわしにし、感謝すべきことを先に言わないのだろう」


我々は、少し熱が出て寝込んだだけでも、バタバタして、うろたえてしまう。

 

ちょっとした体の痛みにも我慢できなかったりする。

 

それが、もし難病の連続が自分に起こったとしたらどうだろう。


 転ぶのが恥ずかしいことではない。

 

転んでも立ち上がらないことが恥ずかしいことなのだ。

 

一生をかけて、人に何かを与えることができたのか

 

もらうばかりではなかったか。

 

人生の後半生をすぎたら、自問自答する必要がある。


不満ではなく…

 

感謝を先に言える人でありたい。



三浦綾子さんに

比べたら

自分が恥ずかしい。


私は障害者

おまけに

幾つかの

病気持ち



世間から見たら

役立たずの

生きる価値の

ない人間であろう。


そんな

想いに襲われる

事があるのです。


消えたい。


怪我をして

自分の人生が

お先

真っ暗になり

失望しました。


でも

支えてくれた

子供達

友達や周りの

方に感謝して

います。🙏



さりげない

優しい言葉に

感謝します。


受けた

小さな恩にも

感謝します。



ありがとう

ございます。


おかげさまです。


感謝してます。


ありがとう

ございます。


今、

大切で自分を

支えてくれる

言霊なのです。


探せば

感謝の種は

たくさん

あるのです。



種を探さない

で愚図、愚図と

愚痴ばかり

言って人の

せいにする

そんな人には

なりたく

ないのです。


自分だけじゃ

ないのだ。


置かれた場所

で懸命に花を

咲かせて

いるのだ。


感謝します。


当たり前で
あって
当たり前では
ない毎日に
感謝します。


🌼🌼🌼🌼🌼🌼🌼🌼🌼🌼🌼

決して忘れては
いけない
大切な言葉なの
です。


 


 

不安がないの

では

ありません。

でも

今は感謝の気持ち

を忘れずに

一日、一日を

精一杯

生きたいです。


受けた恩を

必ず

いつか

恩送りします。


\(^_^)/



hiro-san

ありがとう

ございます。🙏