朝4時過ぎに
外に出たら
東の空に✨星が
一つ輝いて
いました。

調べて見ないと
星座名が
わからんが、
大きな星です。
🥰🥰🥰🥰

キラキラ綺麗。
勝手な思い込み
だが
「頑張れよ」と
励まして
くれるから
「希望の星」
と、勝手に呼んで
おこう。
🤣🤣🤣🤣🤣









良いお話を
ありがとう
ございます。🙏
悲しいというのか
蝉に申し訳ない
と謝りたい気持ち
です。

なぜなら
他の地域は
分かりませんが

昔は時に⚡️👂️⚡️
煩く、苛立つ程
聴こえていた
蝉の鳴き声が
私の住む近辺では
聴かれなくなり
ました。

樹木を伐採し
道は土から
アスファルトの
地面となった
箇所が多い。


誰かが言って
おられたが
アスファルトの
下が土で
あることを

今の子供達は
知っているの
だろうか?と、

周りの景色が
変わり
便利な世の中
それが
あたりまえと
私も
誰でも思う。

しかし
その陰で消えて
行く自然も
あるのだと
痛感しました。

人間の傲慢さで
蝉が他の虫が
草花が
居場所を失くし
小さな命が
消えてしまった
のだ。




《やがて死ぬ けしきは見えず 蝉(せみ)の声》


という芭蕉の句がある。

蝉の寿命は一週間といわれる。

しかし、そんなそぶりも見せず、蝉は 与えられた夏の一瞬の生を天地いっぱいに、鳴いている。
「いま」「ここ」に完全燃焼している姿を芭蕉は感動をもって、とらえている。


人生には「いま」という時間と、「ここ」という空間以外には存在しない。



生きるとは、「いま」「ここ」を間断なく生きる、ということである。
生と死は別ものではない。

生を全うすることが、死を全うすることでもある。

花が精一杯咲くことは、精一杯散ることでもある。



蝉の話しを読み
ふと、
思い出したのは
藤尾秀明氏の
この本です。




「主」という字

「主」という字の
「ヽ」は
ロウソクの炎。

「王」は台のこと。

自分のいる環境を
照らして生きる
人のことを
主という。

命の炎を燃やして
生きるとは、
自分が自分の
人生の
主人公となって
生きること
である。




人の生き方は
各々である。

私は不器用で
要領が悪いが
なんとか
多くの人に
助けられて
生きて来れた
事に感謝して
います。


要領良く
知恵がある
のか?

ずる賢い
生き方をして
いる人がいる。

自分さえ
良ければ良い。
不器用でも
良いから
懸命に生きる
のでなく。

嘘に
嘘を重ねて
続けて
自分を良く
みせようと
する人がいる。

だが
世の中には
辛さから
逃げず
不器用でも
躓きながら
でも困難に
立ち向かう
人が多くいます。

その生き様は
励まされます。

そして
学びとなるの
です。

歳を重ねても
未だに自分の
ふがいなさに
嘆く私です。
蝉の一生は
短く儚い

人間の人生も
長いようで
アッと言う間に
過ぎるのです。
産まれた日から
1日、1日と
死への道程を
歩き初めて
いるのです。
「ハルマゲドンが
来て楽園になり
死んだ人の
復活がある」
眉唾物の教えを
する宗教が
ありますが
それは
絵に書いた餅
です。
考えたくない
と誰でも
想いますが
死は絶対に
避けられない
のです。

それを忘れて
いけないと
想います。

自分は
愚かで失敗
したり躓く
事ばかり
しますが、
それも人生だと
想います。

今、
与えられた
時間を大切に
したいです。
日々色んな
事があるけど

感謝の気持ち
おかげさま
の気持ちを
忘れずに
生きたいです。


命の炎を燃やして
生きるとは、
自分が自分の
人生の
主人公となって
生きること
である。

夏に鳴く蝉の如く…

「いま、ここ」をしっかりと生きてゆきたいと思います。


 🌀ぐるぐる

渦巻く私の人生

真っ直ぐにしたい。


糸魚川の町外れ
今朝の景色です。

霞んで見える
山々が美しい。

稲に穂が付ました。
今年は稲刈りが
早いかもしれません。

無事にその日を
迎えられますように。

これ以上
災害が起きません
ように。🙏



今日も暑いです。

ご自愛ください。

ありがとう

ございます。🙏