気が動転していろんなことを忘れてしまいそうなので、書き残しておきます。
お風呂から上がって髪の毛を乾かしていると、母から着信があった。
「お父さんがお腹が痛いと言っていて、救急車を呼んだよ」
濡れた髪のまま、子供と大急ぎで実家へ向かった。
ちょうど救急車が来ているところだったので、一緒に救急車に乗って病院へ。
とにかくお腹が痛いと言う父。
数日前からかなり痛かったと言う。
最初は波があったが今はずっと痛いと。
救急車が出発してピーポーピーポーと鳴り始めると、「さらば自宅よ、二度と帰ることはないだろう」と父が言っていた。不吉な言葉に「なんでやねん」と返した。が、死を覚悟するくらい痛かったんだろうな。
病院に着くと、お医者さんから早口で手術の説明があった。
腸閉塞を起こしている、3日前に来てもらえていたら腹腔鏡?で手術ができたが、今は腸が破れてしまっているので大きくお腹を切ることになる。
書類に署名するよう言われたら、母は手が震えて書けないと言うので、大急ぎで書いた。
緊急で手術するお医者さんが招集されたようで、書類が書けてもなかなか始まらず、痛みが強いようなので大丈夫かと心配になった。
まだ到着していないメンバーがいて、揃い次第手術する様子。
「生命保険の書類は棚に入っている」「〇〇のパスワードはパソコンを立ち上げたら分かる」「今まで世話になった。ありがとう」と自ら生前整理をして全員と握手をする父。
「とにかく早く麻酔してもらいたい…」ともぽつりと言っていた。
手術室に入ってから、夫が仕事から帰ってきたので、子供を連れて帰ってもらい、母と手術が終わるまで待った。
夫に感謝だ。
子供も長い待ち時間を静かに待ってくれて本当にありがたかった。
母がいてくれて良かった。一人だったら待ち時間に耐えるのがもっとつらかっただろう。
長い長い待ち時間の間に、
ひとりっ子なので、もし母がこうなったら私が一人で一切の手続き等をするしかないんだと脳裏によぎった。
夫がこうなったら…。
私がこうなったら、やはりひとりっ子の息子がひとりで?
怖くなった。
手術は8時過ぎから1時過ぎまでかかった。
眠っているお父さんがICUに運ばれていった。
手術室から出てきたお医者さんが説明しに来てくれた。
腸閉塞の原因は大腸がんだった。
はしゅ(腹膜播種?)も起こしていた。とにかく多くて大変だった。
破れている場所と、たくさん切った場所があって、ストーマを2か所作った。
ストーマは1つはうまくいけば落とせる(閉じられる?)かもしれないが、もう1つはずっとだろう。
ステージ4cです。
胸より上はまだ見ていない(レントゲンを撮っていない?)が、お腹から下はこんな感じです。
3年前くらいに検診を受けていれば見つかったかもしれないが…。
という感じのことを伝えてもらった。
3日前に来ていたらということを言われたときは「なんでもっと早く来なかったんだ、我慢しすぎだ」と思ったが、3年前と聞いてそれどころの話ではなかったのだと分かった。
ステージ4って、一番重い状態じゃなかったっけ。4cってなんなんだろう。
はしゅってなんだろう。
ストーマって、袋みたいなののことだよね。2つもつけられるんだな。
と疑問でいっぱいだったが、まだ現実味がなくて、とにかく手術が終わったことだけにほっとして帰った。
夜中の2時半ごろ帰宅してからも妙に冴えた目のまま、手続きのことを調べてから寝た。
翌日になって、夢じゃなかったんだと思った。
死産のときも、翌朝に夢じゃないんだと思ったのを思い出した。

