書こうかなぁ、どうしようかなぁって、迷ってたんだけど、まあいいや、書いちゃおう。
あくまで、私が感じたことや思ったことを書きたいだけなので、気楽に読んでね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふとね、「見る」って、「神る」だぁって思ったの。
(あまり使わないけど、お神酒(おみき)とか神輿(みこし)って、「神」を「み」って読むんだよねぇ)
見るもの全て、あらゆるものに、「神」を「みる」ってことだと思った。
(しつこいようだけど、神様の話ではないのよ。あくまで、私の思ったことを書きたいだけ。)
そもそも、「み」という言葉は、おもしろいのよね。
まずは、「御」、「美」。
「御」はもう、そのまま「神」の代わりに使われるぐらいだし(「御輿」とか、お御酒」とか)、
「美」は美辞句になるし。
他は、「実」とか、「深」なんてあたりも、おもしろい。そして、「三」。
「三」って確か完全数じゃなかったっけ?
キリスト教の「三位一体」とか、古代の神様はだいたい、一人の神様を三つの属性に分けて、三人一組で一人の神様を表すことが多いし。
あっ、「三」って産み出す数字だって書いてるの最近読んだ。「うみ」出す「産」は、「三」だって。
ついでに、今変換で気づいたけど、「産み」と言えば、「海」だよ。命を「うみ」出す「海」だぁ。
漢字に当てはめる前の段階としては、音が同じだと、意味も同じだったりすることがあるんだよね。
まあ、この話はがどうかは別として。
で、私としては「みる」を「三る」って、考えるのがいいなぁ、と思った。
相反する二つの見方を俯瞰する、あるいは統合する、第三の目をもって「みる」こと。
そうだとするなら・・、
それは、制約や制限から解き放たれて、広がってゆくような気がする・・・。
どこまでも、自由に・・・。そういのっていいなぁ。