今から数年前、ある会社に勤めていた5年間でのお話です。
パニック発症までのお話。



パニック発症前の私を取り囲んでいたもの

①仕事(勤務時間と社内温度)
②上司(関係が良くない)
③同僚と親(愚痴、言葉のナイフ)
④家族(申し訳なさ)
⑤体調不良
に分けてお話します。



まず
仕事(勤務時間と社内温度)

とにかく残業が多かったです。

  

感覚は人それぞれですが、
「また今日も残業かあ」
「もう残業当たり前みたいな雰囲気だなあ」
という感じ。

子供が小学校低学年。
旦那が精神疾患治りかけで、仕事が安定せず、
アルバイト程度の収入だったんですね。

がんばらなきゃ!

そう。子供もいるんですから。
頑張ってましたね。
いやHSP(真面目)とか性格もあるでしょうけど。

「NOと言わない
「仕事が出来て早い私」
(これは昔からで、
当時だけの事ではありませんでしたが。)

一生懸命やっていました。


「仕事って一生懸命やるもの」
「会社に入ったからには従って当たり前」

そう思ってました。 

だけど今思えば、無理してました。
どんなに頑張っても仕事は無くならないです。

もう疲れ果てて、辞める前2年間ぐらいは、
休日に家族で遊びに行っても私だけ寝てましたね。



 
それから社内温度が悪すぎました。


夏場の気温28℃以上。
酷い時は33℃で、西日から逃げられない場所で働いてました。窓も開けてはいけません。

冷房は当時お決まりの28℃設定ですが、壊れていて全く効きません。

仕事上、水分を持ち込んではいけないので離れたロッカールームまで行かなければならず、
途中お偉いさんだらけの場所を通るのと、
忙しすぎた為、
ちゃんと水分補給する人は少なかったですね。

みんなキツかったんです。

気分が悪くなり、残業中に熱中症気味になったことがありました。
「それって暑さのせいなの?」と、
上司に言われました。

まるで
「あなたに体力が無いだけ」
「自己管理出来てないだけ」
「仕事に向いてない」
と言われているようでした。
HSP(人の気持ちが分かる)だからでしょうか。

そりゃ残業の疲れや体調悪い日もあるだろうけど
熱中症の症状ぐらいわかりますよね。

熱中症で倒れて運ばれた人もいました。

そんな中で、椎間板ヘルニア持ちの私は、
コルセットをつけて仕事を続けていました。



次に、
上司との関係


上司と言っても私にとっていちばん身近な、アドバイザーみたいなものですね。

その
アドバイザーは、年齢は私よりちょっと下、
超ヤンキーな女性。だったんですね。
その会社では高卒から働いてますから、かなりの大物。

彼女は、
自己主張が激しく
言葉遣いが荒く
怒鳴り散らし
人に対する好き嫌いが激しく
人によって態度が変わりその好き嫌いがわかりやすい
人で、

苦手でした。

私は、荒々しい人が嫌いなんです。
とにかく家庭環境からのトラウマやHSP(平和主義者)もあり
本当に苦手でした。


一応上司だし、最初は
上手くやろうとしてみました
が、なかなか上手く馴染めませんでした。

私は顔に出ますし、
私が彼女を嫌いなのは彼女も気づいてました。
これはどうにもならないです。


ミスると「ど素人」だの言われたり、
社会で使うべきではない口調(いわゆるや〇ざ口調)で怒鳴る。
仲良しには笑いながら軽く注意するだけ。
面倒な仕事を、社内ルール外で押し付けられたりもしてました。
私の手柄を認め無いなど。

納得いかない扱いをたくさん受けてました。


次第に彼女の前での私は

強い圧迫に
「自己肯定感」を失い
意見を言えなく
なって

時には悔しくて悲しくて泣きそうになるのを
必死で堪えました。


同僚たちは上手くやってたから
ちょっと相談できませんでした。
彼女に対する悪い話しはタブーになっている気がしました。断定はしません。
HSP(人の気持ちが分かる)ですから。



そして次に、
同僚と母の愚痴(人間関係)



元々HSP(ひとりが好き)のため、
人間関係が面倒だったので、
入社した時は同僚と友達にはならないようにしていたのですが、
彼女から寄って来たのです。

年齢は近く、私と同じく残業族でしたが、
独身の彼女は、身の回りの事は同居のお母様にして貰ってました。
 
はっきり言って彼女は、

わがままで傲慢

でした。 

親や同僚の悪口、愚痴が多い 
とにかく自慢話をする
( どちらもマウンティングでしょう)
私の話を軽視する


それも最初は「ふわふわこころ。」には
言いやすい。
と言われて、「悩みは聞くよ」って
言ってたんですが、


次第に周りの人みんなの言わなくていいことや秘密まで言い出し、
エスカレートしてきました。

残業の後、彼女の先輩に対する長い愚痴話でなかなか帰れなくなりましたし、
そのくせ、本人の前ではコネコネがすごく、
これを見るのがものすごく気持ち悪かったです。
許せないくらい、お母様のお弁当にもケチをつけたりする人でした。


エスカレートする事で
先輩も気づくし、私は中立だし、
訳の分からない闘争によく巻き込まれ、板挟みにされてました。


「私が顔に出したから事態が表面化したのかな」
と感じたこともありました。
HSP(自己肯定感が低い)ですから。

 
それから彼女は、
「親戚の子やペットを可愛いと画像を見せてくる」
「海外旅行や元彼の話」
をとにかくしつこく同じことを何度も何度も自慢してきました。


30代です。
長いお化粧治しや御手洗にも付き合わされ
「NO」と言えず
全て彼女に合わせていました


が、ついに
私を怒り狂わせた言葉がありました。

家族持ちの私が祖父を受け入れたことに対して
「ボケてる訳じゃないんだから、楽じゃん!」
と言ったのです。


LINEの一言に「めっちゃむかつく」
とか「イライラ」とか書く人いますよね。
ああいうのが私はめちゃくちゃ嫌いで、

「自分の事じゃなくても不快になる」
「自分の事ではと思ってしまう」
んです。
特に私はHSP(自己肯定感が低い)ですから。


彼女はよく「イライラ」と書いていましたし、
(タイムラインのリア充感はすごいですが。コメントしてと言われうっとおしくてたまりませんでした。)


しかし私はその時、怒りのあまりそれを初めて
やってしまいました。 

彼女と別れてすぐに書き込みました。
「めちゃくちゃムカつく!」って。
2時間ぐらいで消しましたが。

私が彼女に切れた瞬間でした。

HSP(優しい♡)だって限界がきます。


それから
徐々に距離を置き出すも
彼女はいい顔をしませんし
私を見つけては必死で愚痴を言ってきます



……まあ。

5年も居れば人間関係いろいろありますよね。
彼女の話だけじゃなく、「嫌いになったり、好きな人に避けられたり」。

そんな他の同僚との人間関係でも、
泣くほど傷ついたり心底腹が立ったりした事もありました。

社内8割ぐらいは女性だったので。



それからの事ですが、
その彼女とそっくりなんですね。

とにかく
愚痴を延々と聞かされる
若い男にモテるという話をする
私の辛いという悩み話は聞こえてないふりする
「お前には旦那が居るから良い」が口癖
そのくせ私の旦那を悪く言う
私たち家族が祖父と同居している事に感謝がない
(母は一人暮らし)


でも私は、
とにかく話を聞いたし
嫌なこと言われても黙ってました


母は鬱持ち更年期障害だったからです


それに私はHSP
喧嘩は嫌いな平和主義者
だからです。

嫌われるのが辛いし、
傷つけるのも辛い
でしょ。



とにかく親と同僚身近なふたりがものすごくストレスでした。



そしてそして、
家族(申し訳なさ)
です。




そんなこんなで残業と愚痴に付き合わされて
疲れて遅くに帰ると、
早くに帰ってきた旦那がご飯を作り待ってくれています。
子供が小学校の間はもうずっと8時から食べ、
食べ終わると9時でした。


「7時に食べさせてあげたい」
「もっと話をしたい」
「9時過ぎには寝かせてあげたい」


母子家庭で育った私は
普通の家に憧れがありました。

定時の日の嬉しそうな顔。
和やかな雰囲気。


「残業ばかりしてごめんなさい」

と家族に対して思うようになりました。
これが一番辛かったかもしれません。


旦那の仕事が安定した頃には
私も後輩に指導するようになり、
残業は絶対断れなくなりました。


料理は夫婦ともに出来ますが、
遅くなるのが可哀想でお惣菜やお弁当を食べる日々になり
「なんのために働いているのか」
と感じました。


「母親として、ちゃんとご飯を作ってあげたい」


前記の通り、
休日遊びに出かけても私だけ寝てしまうし。


精神的ストレスも疲労もピークでした。
私限界だわ。もう嫌。
って人生で初めて心底確信、反抗しなきゃでした。



最終的に私が「変えることが出来た」のは、

「タイムラインをやめた」
「昼は車で休憩」
      ↑(「ちょっと睡眠不足で」と同僚には説明)
「母の月一の通院の送迎を辞めた」
      ↑できることは自分でしなさい(苦笑)


些細なことですがちょっと楽になりました。
少し荷が少し降りました。



そんな中です、
体調不良




突然めまい(浮遊感)がはじまり
それが10日間続きました。
耳鼻科では「異常なし」
内科では「自律神経」だと言われました。

行きつけの内科で、
「肩こりありますか?」
と聞かれ、「まあ仕事柄ありますねー」と言ったら、
リーゼを処方されました。
調べてみると肩こりだけではなく精神的にも作用するとか。
もちろん「自律神経失調症」も調べてみました。


「ああ。ストレスなんだな」
「気にしすぎないように肩こりに処方ということにしてくれたんだな。」

そう確信しました。
HSP(人の気持ちが分かる)ですから。笑



それからすぐの事です。

その時は、特に何か不快なことがあったわけでもなく、仲の良い子と仕事をたんたんとしていたのですが、
突然、パニックが起きました。




「悲しくて悲しくて涙が止まらない」
感情のダムが決壊して、
悲しみの感情だけが大量になだれ込んで来る感じです。
それにお腹が大きく痙攣して息がしにくい。
苦しいし悲しいし涙が止まらない。


でもね
どこか冷静でしたね。

「ほらネ」って。




これが、私がパニックを発症する前の、
約5年間に私の周りを囲んでいたものです。
この5年間という期間は、1つの会社に居た5年間にしぼった期間です。(30代前半~半ば)
                   
その前はまた全く違う環境に居ましたが、
そのお話はまた後ほどです。




このお話を読んでくれた方に
「ああ私今これに近いな」
という方がおられましたら、
是非ともひとつずつでいいので回避していってください。

これからあと私は休職から退職しますが、
本当に苦しい日々を過ごすことになります。
そのお話もまたお話したいと思います。

長々と最後まで読んで下さりありがとうございました。

                                                   ふわふわこころ。