そして、その後・・・ | ヘルパー日記&育児日記

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ヘルパーをしてた私が43歳で妊娠・出産!育児をしながらヘルパー復帰します!

初七日の前日の朝、パパにお父さんからの電話。
寝ていたところを起こされて、お母さんの死で混乱した頭のまま「うんうん、帰る」って返事をしたパパ。

でも、少し冷静になって考えて考えて、迷って迷って・・・
まだまだパパの中で結論は出ない。

田舎にいたかったのに「この家はお兄さんのものだから出なさい」って言われてしぶしぶ出たのに。
小さいころから3人兄弟の3番目だったパパはおさがりばっかりで何にも買ってもらえなかった。お兄さんやお姉さんが新しいものを買ってもらうたびに「いいなぁ」と指をくわえてみてた。
たぶん、「次男なんだから」って言われ続けたんだろうな。

だけど、お兄さんは独身でお母さんが亡くなって【家の中】に女手がない・・・

お父さんは寂しいし、何も出来ないから【帰って来てくれる】ことを楽しみにしてる。
近所の人にもそう言って喜んでるけど・・・

パパは実家を見回してた。
『押入れがまったくない』
物を収納できないってことは困るんだ。布団も出しっぱなしになる。

『階段が急過ぎて上がり下りが不便』
なのでひーやんが落ちてケガをするおそれがある。
大人でも物を持っての上がり下りはとっても危険!
階段の幅も狭い。横向きに下りないと踏み外すし、がに股で上らないと膝をぶつけてしまう。
誰かが見てればいいけど・・・おじいちゃんではおばあちゃんのようにはいかないからねぇ。

『昼間誰もいない時、広すぎるのでひーやんに目が届かない』
おじいちゃんも留守の時、玄関が高いから危ない。

『私が家事をしてる間、ひーやんが見れないし家の中の家事はすべて私の負担になる』
お母さんがしんどくても家事は誰もしなかった。

『日当たりが悪い』
昼間でも電気をつけないと暗い。

『物干し場がない』
洗濯物は家の中で干すか乾燥機に入れる。
布団も干せない。
ひーやんの布団や洗濯物を外に干せないのはちょっとねぇ・・・

古い家だからまだまだいっぱい問題はある。
でも、リフォームするにはお金がないし・・・
たとえしたとしてもひーやんは出て行ってしまうだろうからね。
あと約20年先は継ぐ人がいないんだな。

なによりパパが嫌がるのは私に家事の負担がかかること。
「それが当然だとは思われたくない」
パパはそう言ってる。
パパはお姉さんに電話で相談したんだけど、その中でこう言ってた。

「僕は次男で本当ならこの【家】に入らんでいいのに、風ちゃんの両親に申し訳が立たない」

ありがたいなぁ。心からそう思った。

私の前の結婚はなんでもお母さんの言うことを「はい、はい」と聞いて、「実家にもそうしてもらって」って言う人だった・・・
だから、そう言ってもらえるなんて、そう思ってもらえるなんて思いもしなかった。。。

「風ちゃんとひーやんのためなら鬼になってもいい」
パパがそう言った。
この話を断ったら自分の実家と縁遠くなるだろうなぁと言いながら。

便利な生活に慣れた私達がスーパーに行くのも車で片道20分かかる場所に住めるのか?
auの携帯さえ電波が途切れるような場所だもんなぁ。

私は・・・パパと一緒なら大丈夫。
そう思ってるけど。
ただ、今の生活はお金がない中で苦労して頑張ったからなぁ。
せめて家具や電気製品はこのまま使いたいけど・・・お母さんの思い出のいっぱいある家に持って行けるんだろうか・・・?

「『故郷は遠くにありて想うもの』かなぁ」
パパの気持ちは【親】と【家族】の間で揺れていたんだけど・・・


初七日で実家に帰ってる間もパパと悩んで悩んで考えて、結論を出せないまま我が家に帰って来ました。

次の日の朝、またまた朝早くパパが寝てる時間にお父さんから電話がかかってきました。
頭の中は眠ったままでお父さんと話してたパパ。

「理由にならない理由をつけてたけど、このままそっちで暮らせって。無理やり言ってるような感じだったけど・・・」
私達が帰ってからお兄さんと話をしたのかなぁ?

「このままこっちで頑張ろう!」
パパはそう言った。
実家は気になるけど・・・たぶん、それがいいんだろうなぁ。

というわけで、バタバタした我が家もこのまましばらく落ち着きそうです。

悲しい寂しい出来事ではあったけど、パパが家族のことをこんなに考えてくれてることがわかった時間でもあったな。
ひーやんを産む時にいろいろあったけど、私の選択は間違ってなかった。


桜が咲き始めました。
花の好きだったお母さん、空に昇って行きながら見てるかなぁ?