ヒュッテのブログ

ヒュッテのブログ

Youtubeのお気に入り動画保管庫。時々ワンコ。

Amebaでブログを始めよう!
名古屋にいた頃は週に1回。毎週月曜日が「映画の日」でしたが
こちらへ来てからは毎日がそうなってます。

なにしろテレビもねえネットもねえ(あるんですが制限アリで)
本棚には本が死ぬほどあっても…

夕ご飯食べて寝るまでの時間、ひっくりかえって映画をみるこのヨロコビヽ(゚◇゚ )ノ

これも「山に行ったら」の希望のなかにあったわけで
さっそくツタヤの宅配契約をした。

こんな山ん中にもちゃんと届くんですねこれが!@@ありがたいっす

しかし…
見終わったらポストに投函して次のが届くまで2日間のラグがある。

そういうときは家にあるDVDをみる。

昨夜は「寅さん」w
これ↓



松竹90周年の記念作品ということで
いまから30年ほど前ですか女学生w3人で劇場までみにいった思い出(遠い目…
酢昆布食べながら「ふすまのシーン」で大爆笑したことを思い出しました。

これは寅さんのなかでも名作中の名作と思います。


あと、この一週間で自分の大好きな作品を立て続けにみることになったのですが
みてみると、やっぱりいい!!
なんか自分にとって一番大事なことを再確認させてくれる。

それだからわざわざ買ってまで家にあるのよね@@



ドリューちゃんのシンデレラはかっこいいすね。
台詞を全部覚えてしまうほどみたおした作品です。

そして…「エバーアフター」をみつけるきっかけになったのがこれ。
「アラビアンナイト」BBC制作



主演のダグレイスコットがおもしろくて><あのダメダメ感w

通してみると…ハッとすることが多くて



「物語は人生の糧になる」


人生はらせんのようなもの。
ずっと先に行っているような気になってても横からみると全然変わっていない



進んでいるようにみえてまた戻ってしまうけど
それでもいいんじゃないかなって思ったら楽になった。

束の間のひとりの時間に。

***

ずっともやもやしててずっと言いたかったかったことがある。
ちょっと前のことなんですが、いつも行くスレッドで「ソウルメイト」について…

ソウルメイトは性格はぜんぜんカブらない。むしろ真逆。
お互いの足らないところを補い合う存在のように思います。

めんどくさいのは「ツインソウル」のほうじゃないかな。

自分そっくりさんが身近にいたらそりゃぶん殴りたくなりますよw



音楽なしでは生きていけない…

というかいつもどんな時も何か聴いてた。
でも、それを強く意識したことはあんまりなかったかも。

最近(ここ数年)ふとしたことで耳にして懐かしさにうち震えて
同時に記憶を引っ張り出されて、ほくそ笑んだり泣きそうになったりとまどったり…

この間の「ブラジル」もそうだったけど音楽ってすごいな~

引っ越してからこっちダンボールから出てくるCDを手当たりしだいかけてて
チョイスはパパがしてるから次に何がくるか?予想もできなくて
かかった瞬間の「うぎゃー!」がとてもおもしろい。

それで作業の手がとまり思い出話に行くこともあれば
ノリノリで踊りながら台所で料理したりもw

この間はコレでフィーバー↓



大滝詠一さんプロデュース。いわく「日本のコミックソングの頂点」らしい。
リアル「イヤミさん」ざんす。笑いながらお料理しますた。
たのしかった~♪

それから、だいたい出尽くしたあとに
最後に(たぶん)わたしのダンボールから出てきたニックカーショウの数枚を
ここ数日、朝から晩までパパがかけてくれて(気に入ってるらしい)

こちらも何回聴いても飽きないどころか、学生の頃はテープが擦り切れるくらい
聴き倒していた(レコードは今も健在)



*この大ヒットを飛ばした後も(今も)活動を続けていることを知って
買い求めた最新のアルバムは、現在ドライブに欠かせない一枚になった。


そんなに好きだったのになんでそのまま追わなかったの?
とパパに聞かれて「なんでだったけ?」と記憶を辿ったら
そのあとトッドラングレンに走ったからだった。

…自分史だw

でも、めぐりめぐってまた会えたんだから良いんじゃない?
わたしはとても満足しています:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

毎日聴きすぎて朝起きた瞬間からニックがアタマの中を流れてたり@@
パパが寝起きでリドルを鼻歌してたときは笑った。あんたもか!ってw
こちらでまだ報告してなかったなって今気がつきました(汗

ツイッタを日記代わりにしてたけど3400ツィート以前のつぶやきは
消えてしまって、保存はしてあるのでしょうが、見れないじゃ意味がない。

何回もみたい動画はこっちに貼った方がいいな、って。

「ヒュッテのブログ」もこのまま継続していきます。

ということで、ブログを使い分けします。

「山日記」は今後こちらで…「ヒュッテの山日記」


パパのほうも、なんか鬼のように日記書いてるw

名古屋を出る時、野呂先生に「マスターこれからは蓄積したものをどんどん
アウトプットしていかなきゃダメだよ!それが役割ってもんだ!」と言われたんだそうで…

いままでの曲草閑人の日記以外にブログをふたつ同時にやりはじめた。
全部でみっつ@@!!

小角堂HP
こちらのENTERから行くことができます。

今後ともよろしくお願い致します≧(´▽`)≦


今日は春一番が吹いてとても温かな1日だった。
朝から窓を開放しての荷解き作業。

ステレオ大音響で~♪
(*近所が無いのでどこからも苦情はこない。
くるとしたら森の生き物たちか精霊か…すんません><)

夕方パパが何気に換えたCDはマンハッタントランスファーの「ブラジル」
一気に25年前の実家の自分部屋に時間が戻った。そのとき、
「おお!こんなの出てきたぞー」ってパパが持ってきたのは

この写真!@@


おばあちゃん!!と、子供たち(親父は写っていないようだ)

「常盤祭神記」という地元の小冊子に挟んであった。
して、それは実家から持ち出した曾ばあちゃんの嫁入り箪笥の引き出しから…




なんともいえない気持ちに包まれた。

あの頃(25年前)はまだ元気だったひと。
すぐ隣の部屋で時代劇をひとりでみてたひと。

もっと話をすればよかったと思い出すたびに後悔で胸が苦しくなる。

祖母への懐かしさは、いつも実母への怒りを誘い出す。再燃する><
今のわたしが、もしもタイムトラベルできるなら、包丁を手に母親のもとへ行き
「これ以上家族を不幸にするなら、わたしがあんたを殺しにくるよ」
と言って脅してやりたい…

瞬間的にそんな物騒な妄想がアタマをかすめた。


「毒親育ちは親との関係を断絶しても苦しみから完全に解放されることはむつかしい」

それを実感した一瞬だった…

まだくすぶっている胸の奥深くにある憎しみと怒り
これからもかかえて生きていくのかな…

いやだな、とは思うけど

まだ時間がかかりそうだ。

そりゃま、いいことばかりじゃないさ…
なんだっけ、あの曲、闇をかかえたままでもいいのさ~♪

わたしは全部放り投げて逃げたけど、丸投げした兄貴夫婦への罪悪感も><
それもかかえて生きてゆくよ。


はぁ、それにしてもチョコ食べたい…(今夜は集合無意識がチョコだしなw)
夕方コンビニ行こうと思ったら雪解けでぬかるんだ道にボルボたん嵌ってしまい断念。
歩いたら行き帰りで一時間の距離!無理!

いや、行っちゃうか!でもあのセブン、24時間かなぁ?
やっぱ、やめておこうw
まさかこんな極寒のなかでの大移動になるとはY(>_<、)Y

2月1日 名古屋引き上げ。
朝10時から始まって終わったのはなんと夜8時。
家と店の2件分あるから大変。
その日の夜はパパの叔父宅に泊めてもらう。

2月2日 朝5時半に出発、8時半現地到着。




普段はそんなに降らない八ヶ岳南麓だけど、一月末の全国的な大寒波の時には
かなり降ったらしく現地の不動産から「引越屋さんにはくれぐれも注意を」と。

山梨支部のある引越屋だしよくわかってるから大丈夫でしょ、と思っていたら…

ぜんぜん大丈夫じゃなかった><

積雪量約20cm…森の中。誰も入らない場所だからそのまま凍ってる。
3㌧と10㌧トラックが家に近づけない(そもそも一般家庭の荷物量じゃない

チェーン履かせてギリギリのところまでトラックを寄せて
そこから運び込むことになった。


(*この10mほどの坂道を行ったり来たり)

もちろんわたし達も手伝う。そうしないと1日で終わらないし
前日の名古屋引き上げも大変だったけど追い討ちをかけるかのような重労働w
しかも雪に足を取られながらの作業…まいった

夕方に全部終わったことは奇跡!!その日は泥のように眠った…


(*おそろしいほどの荷物・・・





そして翌日、2月2日。

この日から、わたし達は「山梨県民」になりました(役場仕事をスピードでこなしたw)

気なしだったのだけど名古屋の友人から「節分の日にスタートとは何か深いものがあるね」
とメールがきて「はっ!!」でした。

「節分」といえば昔でいうところの「正月」
何もかもが新しいスタートになる。(名古屋から持ってきた荷物はそのままだけどw

この地でどんな新しい出会いがあるのかどんな新しい体験が待っているのか…
毎朝、山々に「おはよーございます~~~!!」ていうたびに
ワクワクがとまらない「もののけ一家」でございます。

つづく…



***

休息日と言いながら、つい作業をしてしまう。

だいぶ片付いてきた。