グループ展とはちまたではグループ展が盛んであるが、グループ展の企画をするには展示の目的をはっきりさせなくてはならない。なんとなく集まってなんとなく出すのでは、結局個展ができない人たちが集まって楽に発表するということになってしまう。どういうメンバーが集まって、どのようなコンセプトで作品を発表するのか?そこには緊張感がなければならない。
年末ですね なんだかんだで2015年もあと少しですね。今年は後半からいろいろありましたが、なんとか年を越せそうで、よかったなと思います。恒例の「小屋家今年の10大ニュース」もちろん1位はあれ、2位はこれ、3位はそれと2015年はずいぶんとハッキリしています。制作・発表・教室・家族・そして大切な人たち。この環境が何より大切だと痛感した2015年ですね。制作は、まだまだ「研究制作」でありますが研究制作ではなくなるという事などないのかもしれません(笑)。どうぞ来年もよろしくお願いいたします。
理解できていないとある都内のギャラリーの個展紹介で以下のような作家のコメントを読んだ。「20世紀初頭のアメリカの画家にモーリス・ルイスという人がいます。大きな地塗りのしていない画布に色彩を流し込み、布の中に滲むにまかせた画面構成で抽象絵画の新しい可能性をひらいた芸術家です。彼の作品は福岡市立美術館にも所蔵されていて、常設展示で見ることが出来ます。近年、村上春樹氏の小説の表紙にも使われたので、その作品を見た人は多いと思います。「描かない芸術」という抽象絵画の潮流は今も世界にとって新鮮な提案だと思います。私の絵も抽象絵画というジャンルの中にはいると思いますが、その「描かない」という点において、「ちょっとまてよ」という感覚がありました。(中略)モーリス・ルイスの作品をみたときの「ありのままにゆだねる創造性」に勝るとも劣らない・・・(後略)」ルイスの絵画は「滲みこむにまかせて」はいない。そのスティニングは完璧にコントロールされている。また、ルイスは「描かない」のではない。真に新しい手法で「描いている」のである。また、「ありのままにゆだねている」訳でもない。ルイスほど色彩も技法も、様々な絵画の構成要素をコントロールしている画家はいない。この程度の認識でルイスを語ることは間違いであり、このコメントをよせている作家の作品も根底にあるのがこの程度の抽象の認識であることを、自ら暴露しているものである。