今日で阪神淡路大震災から26年経ちました。

 

当時名古屋の職場に電車通勤していた私、JRは地震の影響で遅れていて少し遅刻した覚えが。

関西の家電量販店の通販部門で仕事していて、大阪本社は連休中でPCはオフラインで電話もまるでつながらずでまるで仕事になりませんでした。

母の妹、おばさんが神戸の長田で被災して大変でした。

 

この年、私にとっても人生の岐路的な年でした。

職場の通信販売、名古屋の営業所が閉鎖になり、豊橋の営業店に異動。

それまで事務部門で約7年働いていたのですが家電販売、接客部門に業務がかわりました。

定休日も日曜日から水曜日に。

3月の地下鉄サリン事件の時はちょうど名古屋のクレジット会社にお別れの挨拶をしに上司と行っていたときにテレビで中継見てました。

4月から電車の乗る方向がまるで逆になりました。

立ち仕事まるでしたことなくて、すでに20代後半になっていた私は職場の同僚も年下が多く肩身の狭い思いして仕事してました。会社は変わってなくてもまるで転職でした。

当時の豊橋の店長も同時期に関西から異動してきて、私の状況わかってくれて最初はバックヤードで仕事させてくれたり、POSレジも初めてだったから同僚に教えてもらったり、大変だったな。

 

豊橋のお店には2年間いて、豊川に大型の新店できるというのでその時に異動。

社員で女子は私ひとりでした。

豊川で、その時にメーカーの派遣できていた大学院生の今の主人と知り合い、最後の1年間は広島と愛知の遠距離恋愛、3年間勤めて結婚退職しました。

 

1995年、この年に会社辞めなくて(リストラみたいなものです)営業店に異動したので主人と出会うことができたのよね。ほんと、人生ってわからないわ。