何度も言うように、私には納得できない。


こんなときに何をしているんだと。



ただしいていえば、「こんなときだからこそ」なのかもしれないが、気持ちが追いつかない。




着ているお客様も、スタッフも、現状を知らなすぎる。




そんなこと思うことも、私自身反している。



だから何が正しいのかわからない。





私は「1日も早く」日本中が元気にスマイルになってほしい。


だけど


スマイルになれない私は、何を不自由して理由を作っているのだろうか。



いろんなことを考えるたび、全てが反している。私が反している。





「1日でも早く」と願うなら、誰よりもスマイルになって、そのスマイルを連鎖させないと、私は私に反する。






今できること… 個々が想うこと 感じることを実行する

今できること… できること…






生きていること、生かされていること、
皆に「ありがとう」を。

15日、母と通勤手段について作戦会議の末たどり着いたのが「ケイコウ缶」だった。←合ってるかな



電車もいつ動くかわからない状況下で、交通手段はやはり車しかなかった。


車を動かすには、ガソリンがなければいけないのだが、何時間もスタンドに並ぶガソリンが、私の車には入っていない…

JAF自体ガソリンがないため、レッカー移動しかできない…




ただ、ガソリンの持ち運びはできない。というよりスタンドが許可してくれないのだ。




だが田舎のスタンドでは、ケイコウ缶にガソリンを入れてため買いする人が多くいたため、一か八かで母にお願いをしたのだ。




なんとかガソリンを確保してくれた母に、職場まで送ってもらい、軍手をはめていざmyカーへガソリンを入れる。なかなかうまく入れられなくて苦戦したが、なんとか帰れるまで回復した。
本当に家族は温かい。感謝。感謝。




この後スタンドを何軒も回ったが、どこも営業自体やっていなくて、やっとみつけた車の列に並んだが、30分経っても1台も進まない…従業員に聞きに行くと、タンクローリー待ちらしく、最低3時間は待つとのこと。もう引くに引けなかった。

3時間20分待ち、やっと10リッター入れることができた。


ただ、職場まで片道4リッター使う私…落ち着くわけがない。




次の日(17日)も、午前中から探し回り、1時間並んで満タン給油できた。




給油したのが隣町だったのだが、まだ断水しているようで、飲食店が閉まっていた。






とりあえず明日(18日)から仕事復帰できると、ほっとしたようで、内心乗り気にはなれない自分がいた。
車から車へガソリンを入れられると言い切る祖父と、運転手の叔父を待ち、車で1時間…やっぱり入れられるわけがない。

カワイイmyカーを職場に起き、電車通勤をしようと思ったのもつかの間、家でテレビをつけると「計画停電」という言葉が飛び交っていた。
そして、テロップには交通機関の情報が流れているが、なぜか私の乗る線が流れない。
HPを探しても見つからない。
こんな状況で寝れやしない。


14日の朝、祖父が駅へ直接電話をしてくれたが、運行休止…



16日まで仕事だったが、通勤手段がなく、結局17日まで休んでしまった。



全く落ち着かない休みだった。

・情報があやふやなため、当日駅へ問い合わせないと通行情報が得られない。(テレビでは都心部しか流れないため、こちらまで電車が動いていると勘違いを受けた)

・なぜか計画停電が予告なしに実施されず

・強い余震

・物質不足




母や祖父から、旭(飯岡)の被害を聞いた。テレビでもやっと取り上げられた。
津波で家や車が流されたと…
被害が大きいのにもかかわらず、計画停電が行われてしまったと…

「情報」は大事だ。「テレビ」は大事だ。「言葉」は大事だ。

………「情報」なんて勝手だ………。



こんな時に営業するSC…不謹慎だ。