伯父が柿農家さんに管理をお願いしている柿の木があり、母や私の従兄弟と収穫して毎年送ってくれます。伯父の柿を見ると思い出すのは亡くなった伯母のこと。


母と姉である私の伯母はとっても仲良し。近くに住んでいることもあり、毎日のように行き来をしていました。


私が保育園に通っていた頃は、土曜日に伯母と下の従兄弟が自転車でお迎えに来てくれ、伯母の家で母の帰りを待っていました。裁縫が得意な伯母は、私を立たせてちゃっちゃと採寸をし、ダダダーとミシンをかけて、母が迎えに来るときには毎回違うワンピースを着せられていたほど。裁縫が家事で一番苦手な私とは大違い口笛


小さな頃は、従兄弟と私が毎週交互に泊まりに行ったり来たり、伯母家族の旅行に私だけ連れて行ってくれたり、大きな家族のように育ちました。


母は泊まりの出張が多く、学食もなく近くに店もない田舎の高校に通っていた私は、「どうせ作るから1個増えても一緒よ〰️」と言ってくれる伯母の家へ弁当を取りに行き、空の弁当箱を持って伯母の家へ寄っていました。よく母は「私は産みの親、おばちゃんは育ての親」と笑っていました。


私と伯母は気が合って、私が成長してからは伯母の悩みを聞いたり、お互いに言いたいことを言い合う関係で、大人になってからも母に対するのと同じように連絡を取り合っていました。


長くなったので、続く。