(ギー...ギー...)
床がきしむ音に目が覚める美結。
美結「っ...」
握っていたスマホをつけると、
画面にAM1:46と表示される。
(ギー...ギー...)
外は雨も風もないが
脳に囁いてくるような感覚に
恐怖で息が止まり、腕で目を隠す。
美結「...」
怖くなって腕で目を隠す。
昨日の身勝手な行動に葵は怒っているのではと。
美結「(ごめんね...葵...)」
美結「(葵を置いて死のうとなんてして...)」
美結「(約束する...死なないよ)」
美結「(引き離されても...)」
(ギー...ギー...)
美結「...っ」
(バッ)
布団を顔までかぶる。
美結「...」
苦しくて眠りにつけず数分...
音は静まって、そっと布団をめくる。
美結「(...考えすぎてた)」
美結「(葵はパリにいるのに)」
美結「...」
体が楽になり、眠りにつく。
昼頃、母と鞆の浦に来た美結は
スマホで海の写真を撮影していた。
美結「...」
『美結&葵』のフォルダを開くと、
2ヶ月前にデートをした時の写真から
中学生の頃、ガラケーや3DSで
初めて一緒に撮影した写真が残されている。
美結「...」
全削除をタップすると、
"本当に削除しますか?"に対して
"はい"に近付く指。
美結「...」
このタップで9年間の想い出が
一瞬で泡沫になる。
美結「......」
止められる思いに"いいえ"をタップする。
その後、家に帰ると...
美結の母「あっ」
美結「え...?」
マンションの入口で
壁際に立っているみかんがいた。
みかん「...あっ!こんにちは!」
美結の母「みかんちゃん」
美結「なんでここに...?」
みかん「...」
みかん「お願いします!」
美結の母「?...」
みかん「今からみゆちゃんと」
みかん「パリに行かせてください!」
美結の母「え...?みかんちゃんまで?(笑)」
みかん「みゆちゃんの恋人を」
みかん「一緒に助けに行きたいんです!」
美結「っ...」
美結の母「...」
消えた母の笑顔に美結は青ざめる。
美結の母「...やっぱり今も」
美結の母「そういう関係なんじゃな」
美結「違う」
みかん「...?」
美結「もうとっくに友達に戻ったって」
美結の母「友達って言ったら」
美結の母「許してくれると思ったんじゃろ」
美結「違うって」
美結の母「あいつの為に金使って遠くまで」
美結の母「馬鹿じゃないん?」
みかん「っ...」
美結の母「こっちは生活費もやっとなのに」
美結「本当に友達だって...」
美結の母「だからあんたのことは信用できん」
美結の母「コソコソ女同士...気持ち悪いんよ」
美結「違えっつってんだろ!」
(バンッ!)
怒鳴る美結は扉を強く蹴る。
みかん「...っ」
美結の母「図星だから怒っとんじゃろ」
美結「違えわボケ!!」
美結「ああああああ!!」
叫ぶ美結は走り去る。
美結の母「おい!待て!」
住人男性「...」
車に乗ってる住人男性は驚いた目で見ていた。
美結「......」
公園のトイレに閉じこもる美結の耳に
聞こえてくる大声。
「みゆーー!」
美結はゆっくり扉を開けると、
走ってくるみかん。
みかん「みゆ...ごめんね...」
みかん「あたしが余計なこと言ったせいで...」
美結「...」
美結「いいよ、もう」
美結「本気で死にたいわ」
みかん「...」
みかん「あたしに責任とらせて」
美結「...」
みかん「お願い!」
美結「責任って...」
美結「これ以上何ができんの?」
みかん「...」
美結「やれることはもう尽くした」
美結「また葵が記憶を失った以上、」
美結「警察は俺のことを信じてくれない」
美結「...所詮、俺は血の繋がってない他人だ」
美結「何やっても葵は奪い返せない」
みかん「...あたしはあきらめない」
みかん「みゆと一緒にたたかいに行くために」
みかん「朝、ママとケンカしてお家出てきたの」
美結「...」
みかん「...みゆもママと」
みかん「ケンカになっちゃったなら」
みかん「一緒にパリ行こうよ!」
みかん「...どうせなら、」
みかん「あおいちゃんを取り返して」
みかん「お家に帰りたいでしょ?」
みかんは微笑んで美結に手を差し出す。
みかん「行こう!」
美結「...」
こうして美結とみかんは手を取り合い、
日本を去った。
PM6:00
パリに到着した美結とみかんは、
タクシーで葵の父が住む街へ向かう。
美結「...でも、強引に押しかけない方がいい」
美結「アイツら葵の脅迫までしてきやがった」
みかん「...」
みかん「あおいちゃんが家から出てくるのを」
みかん「待つしかないのかな?」
美結「警戒は前以上に強まってる」
美結「葵を外に出さないだろう」
みかん「やっぱり...」
みかん「お父さんにちゃんと説得して」
みかん「許してもらおう」
美結「無理だよ」
美結「そんなので許してもらえるんなら」
美結「長年苦労してない」
みかん「でも...それしかないよ...」
美結「...」
みかん「...」
沈黙の車内で苦しげに考え込む美結とみかん。
一時間後...
目的地に着いてタクシーを下りる。
美結「...」
みかん「ねぇ...いいこと思いついたかも」
美結「ん」
みかん「みゆが話してるとき」
みかん「あたしがスマホで録音するの」
美結「...それも前考えたけど」
美結「音声だけなんて偽造とか言われそうで」
みかん「じゃあ動画は?」
美結「そんなのスマホ奪われて終わりだろ」
みかん「見られないようにだよ!」
美結「何人SPがいると思ってんだよ」
美結「普通の家庭じゃないんだぞ」
そこへ近付いてくる黒色の高級車。
美結「...」
車が止まった時、美結は鋭い目つきになる。
みかん「?...」
(スー...)
後部座席の窓がゆっくり開いて姿を表したのは、
葵の父だった。
葵の父「今日は付き添いもいるのか」
美結「...」
みかん「...」
緊張感が漂う空気にみかんは察する。
葵の父「丁度良かった」
葵の父「葵に一目会わせてやろう」
美結「...記憶がないのは分かってんだよ」
葵の父「ああ、その通りだ」
葵の父「君の記憶も、全ての記憶も」
葵の父「全てを思い出す日は二度と無い」
美結「そんなの分かってんだよ」
葵の父「姿を見られるのも今日で最後だ」
葵の父「最も葵を愛していた君を」
葵の父「案内してやろう、葵が待つ場所へ」
美結「...」
美結は背を向けて去って行く。
みかん「待って!みゆ!」
葵の父「いいのか?最後に会わなくて」
美結「そんな半端に逢いたくねぇよ」
みかん「...」
葵の父「葵はお前を待っているぞ」
葵の父「心の底で」
美結「...」
みかん「お願いします!」
みかん「あおいちゃんを返してください!」
葵の父「...まだ理解できていないのか」
葵の父「何故、最後に葵に会わせてやると」
葵の父「こんなにも言っているのか」
その時、美結は立ち止まる。
美結「...」
言葉の意味に血の気が引く。
美結「...どういう意味だよ」
みかん「...」
葵の父「乗れ」
SPは後部座席の扉を開ける。
美結「...」
みかん「行こう!」
美結「...怖い」
みかん「大丈夫!あたしがついてる」
みかん「あおいちゃんを取り戻そう!」
美結「そうじゃない」
みかん「...」
SP「どうぞ、ご乗車くださいませ」
美結「...」
冷静になる美結は車に乗り、みかんも横に乗る。
到着した場所は、教会だった。
車を下りた美結とみかんは
葵の父について中へ入る。
(ガラン...)
教会の扉を開けると、
薄暗い静寂に柔らかな光が
奥へと導かれるように照らされている。
高い天井に美しいステンドグラスがはめ込まれ、
色とりどりの光が床に映し出されている。
鮮やかな光が神秘的な雰囲気を醸し出していた。
葵の父「...ここは葵がいつも心を癒し、」
葵の父「自身を見つめ直していた」
美結「...」
みかん「...」
中央の長い通路には、
両側に整然とベンチが並んでいる。
壁に掲げられた聖人達の像や絵画に
見守られる中で一歩一歩進んでいく。
そして大聖堂に入り、祭壇に近付く時
葵の父は立ち止まる。
葵の父「...」
葵の父「こんな形で君に会わせることに」
葵の父「なってしまった」
美結「...」
清らかな香りのロウソクの明かりに包まれた
目に広がる光景に息を呑む。
美結「......」
心臓は高鳴り、時間が止まったかのように。
みかん「......っ」
そこには、
十字架に結び付けられた葵の姿があった。
純白のローブを身にまとい、
哀しみを超えたように
微動だにしない黒色の瞳が
真っ直ぐ美結を無表情で見つめている。
首には十字架の傷が浮かび上がり、
苦痛がその痕跡に刻まれていた。
葵の父「葵は最期の瞬間まで」
葵の父「自分の罪を背負い、戦ったんだ」
美結「......」
感覚の無い足で葵に近付き
蒼白い頬に手を添えると、
温もりを失って硬直していた。
美結「葵...」
美結「一人で逝ったの...?」
生気の無い目で微笑む。
美結「......」
応答の無い葵に
張り裂けるように締め付けられる全身。
美結「っ...う...」
葵の父「いいか、心残りは一切持つな」
葵の父「これを機に、葵のことは忘れ去れ」
葵の父「過去に囚われていてはいけない」
葵の父「...君は、新たなる未来を」
葵の父「切り開くために強くなければならない」
葵の父「彼女の影に縛られることなく、」
葵の父「我が道を歩むんだ」
みかん「......っ」
美結「......」
美結「いやあああああああああああああああああああ!!!」
泣き叫ぶ美結の大声が突き抜けて響き渡る。
第三部 完