「るんるる〜ん♪」

今日はホワイトデー。

男の子が女の子にチョコを返す日。

「...」

でも、バレンタインチョコをあげた相手は

今となって音信不通の女性。

葵にはあげていない。

「うぅ...」

女性からのお返しはあの日もらった。

別れ際、城で"抱き締めて"とお願いしたあの時...

「...」

呆気に取られる美結。

「はぁ、もー考えるな」

「本命は葵じゃ」

「あの人にはあげたのに葵にあげてないって...」

「俺の浮気者ー!」

美結は今日、初めて

葵へのチョコを作ろうと思った。

「あの人には買ったけど...」

「葵には手作りだもん!」


美結は早速スーパーへ材料を買いに行った。

「板チョコ数枚と...あと白いのなんだっけ...」

「牛乳?ミルク?練乳?...思い出せない」


小遣いを使って買った美結は

公園に寄り道をして写真を撮る。

(...時間がない、早く帰って作ろう)

下校の中高生達に俯いて歩く美結。

「...っ」

信号の向こう側に数人の男子中学生達が

自転車で止まっている。

過去のトラウマから複数人には警戒が強い。

(先月だって信号待ちで男子数人に貶された)

嫌な予感しかない美結は公園に戻ると

ベンチに座って男子達が過ぎ去るのを待つ。

(はぁ...この歳になっても...)

とっくに過ぎ去ってたと分かると公園を出る。


「...」

歩いてくる男女の高校生カップルが

美結を見てヒソヒソと陰口を言って笑う。

鋭い目、見下す目、嗤う目に慣れない美結は

葵のことだけを想う。


家に帰った美結は、

小遣いで甘いものを買ってきたことを

母に怒られて声を荒げる。

本当は葵に作る材料だが

"自分が食べる"と嘘をつくしかできなかった。

美結の声に右隣住人が戸を閉める音。

怒りが強まる美結は壁を三度蹴る。


「っ...」

キッチンに立って拳を握り締める美結。

色々と余裕がなかった。

その傷だらけの精神を愛に変えようと思いつくと

スマホでレシピを調べて作る。


レンジで加熱して板チョコを溶かして...

「...」

包丁を眺める。

でも、現実そんな勇気はない。

「...あれ使おう」

同じ部屋に母がいることに躊躇する美結は

道具とスマホを持って自分の部屋に入る。

「...」

美結は部屋から愛用のカッターナイフを取って

自分の腕にハートの切り込みをいれる。

(スパッ...スパッ...)

「はっはぁ...葵...」

滲み出す点々の血液を泡立て器に付けて

ボウルの中のチョコに混ぜ込む。

「足らない...足りないよぉ...」

「一滴もないじゃないか...」

「この...意気地なしぃ!」

「心中するんだろお!」

「こんなの恐がってちゃ出来ねえだろお!」

「うぅ...」

目を閉じていると...

(ドタバタドタバタ!)

「きゃははは!」

外の通路から聞こえてくる

いつも以上に全力疾走の足音。

今度は左隣住人の女子小学生達。

耳栓代わりのイヤホンをぶち壊すように。

「......」

(スパッ!)



薄暗くなった空。

最初に来た公園のベンチに座る美結。

その横に座る葵。

「...」

葵の腕を取って寄り添う美結の目は

生気がなかった。

「...何かあった?ˆ ˆ」

「葵...」

「どうしたの〜」

「...しんどい」

「うん...」

美結を抱き寄せてトントン叩く葵。

「...」

美結は葵に小さい袋を渡す。

「?...」

「食べて」

「なになに...」

葵は小さい袋を開けると

ハートのチョコトリュフが7つ入っている。

「え〜!嬉しいˆ ˆ」

「あなたに作ったのよ」

「美結...ありがとう😌」

「バレンタインにあげたかったの」

「でも、今日になったわ」

「ふふっ、美結から貰えるなんて幸せだよ」

「当たり前でしょ...彼女なんだから」

美結はチョコトリュフを手に取ると食べさせる。

「はい、あーん」

葵の小さい口にチョコと美結の血液が入る。

「...」

「...」

食べてる姿を横から瞬きせず見ている美結。

飲み込む喉に入っていく。

「美味しい♪」

微笑む葵に美結も微笑む。

「ねぇ、あなた」

「うん?」

「隠し味を入れたのよ」

「何だろう...?」

「...何だと思う?」

「え〜...?ˆ ˆ」

「///...」

顔を隠してニヤける美結。

「...うーん」

「...」

すると、美結は袖を捲って手首の表を見せる。

「...っ」

傷跡を見て驚く葵。

「えへへ...♡」

「切っちゃった...?」

「心配しないで?...あなたにあげたかったの」

「あなたの体の中に私の血を入れたかったの」

「...」

(やっぱり心配するよね...)

「じゃあ、次のホワイトデーは...」

「僕もお返しするね」

「隠し味に美結が欲しいものを入れて」

意味深に微笑む葵。

「っ...♡それって葵の血?」

「さあ...来年の楽しみだね」

「葵...」

美結は葵の頬に手を添えて口にキスをする。

「愛してる...」

葵も優しい声で美結に言う。

「愛してるよˆ ˆ」