今回はお約束通り、ABU CLUBの創刊号をご紹介します。
記念すべきABU CLUB創刊号。1977年の7月1日発行となっています。
表紙は北欧の美しい湖と2人の釣り人です。初期の号の表紙はこのようなスェーデン本国の美しい風景が用いられています。
最初のページを開くと、淡水大魚研究会の小西茂木会長の記事が掲載されています。
余談ですが、子供の頃小西氏の著書である西東社の「野ゴイ釣り」という本を読み、氏の使用するABU5000Cや多田作野鯉竿に憧れて自分の持っていた投げ竿をそれっぽく改造したり、サツマイモを蒸して芋羊羹を作ったりしたのも懐かしい思い出です。
次ページはABU国際釣り競技会の日本地区優勝者のエピソード記事が紹介されています。
アンバサダー10000Cを使用して仕留めた2.4mのマカジキ。ABUのボーストローム社長から表彰されていますね。
こちらは連載記事 アンバサダー物語の第一回と、ABU CLUB誕生の紹介記事です。
アンバサダー物語では、1952年に初めて登場したアンバサダー5000の誕生の経緯が書かれています。
左ページでは、ABU CLUBはユーザーにABU釣具についてより深い理解と充実した釣りを楽しんでもらうために発行されたと書かれています。
次のページでは、ABU CLUBについての具体的内が大きく誌面を割いて紹介されています。
誌面作りに読者の参加を呼びかけていたり、投稿時の注意事項など、創刊号として事務局の熱意も伝わって来ます。
次のページはトビーの広告とABUユーザーからのQ&Aが掲載されています。
次はアンバサダー20と30の紹介ページです。
8年近い歳月を費やして登場したアンバサダーの最大機種ですね。
最後のページでは、ABUの特製品グッズの紹介とABU国際釣り協議会の途中経過が掲載されています。
この当時のABUは、国際釣り競技会という名目で世界中のABU釣具愛用者の参加を呼びかけていました。当時のABU社がいかに世界で認められた釣具メーカーであったのかが伺えます。
裏表紙には、この後もしばらく連載されるアブ名作シリーズの記念すべき第一回に、500シリーズが選ばれています。
日本ではいまいち知名度が無いこのシリーズ。その良さを広めようとエビスフィッシングがこのシリーズに力を入れていたのが伺えますね。
以上になりますが、この創刊号はまだページ数も少ないので、今回は全ページを紹介しました。
この1977年という年は、ABU社最大の輸出国であるアメリカに目を向ければ、シマノとLew Childreが開発したスピードスプールBBシリーズがすでに登場しており、日本でもこの年BMシリーズが発売されたりと、国産メーカーの台頭によるABUリールの優位性が徐々に失われていた時代に突入していました。
しかし日本国内においてのABUリール人気はまだまだ絶頂期、ABU全盛時代でした。このABU CLUBはこのようなABUリールにおいて少し複雑な時代背景を持つ年に創刊された、ABU人気のさらなる起爆剤のために刊行されたと言えるかもしれません。








