VIOLET(2024) | going to theater!

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観劇日記

久しぶりに観劇感想ブログを書いてみようと思う

という書き出しにして、下書きに残ったままとなる可能性はあるw



感想はまでスキップする機能はないけど、目印ありますw





この作品、観劇は人生で何度目になるのか

梅芸(とどこか英国の劇場、名前が咄嗟には出てこない)が制作したこの作品、2020年初演とスルッと言われるとモヤってしまう、2016年川崎の劇場で上演したバージョンも観ている者です

昔から観てるんだぜ〜、とかマウント取る気はないけれど、大手制作会社が手がけたもの以外は見えなくなってしまうのがこの業界のカルチャーなのか、それとも◯◯協会に届けてないと公式な日本での興行とは認められない(招聘公演や来日公演が日本での初演とは言われない、そんなのと似ている)のかは素人が知る由もないのでありました




さて、ブログに書いておこうと思った理由

①2016年の『VIOLET』結構気に入ってたと記憶していたのに、観劇時のブログ読んでみたらダメ出しの嵐してて何様?だった

②2020年梅芸版初演?時はコロナ禍初年度くらいだったので、感想ブログ残していなかった(感じたことはたくさんあったはずなのに)

③今回も思うところ色々あった

④そしてわたしの記憶力はやばい、とどめておいてくれはしない



自分のこのブログは最近は当初の目的を果たしてはいないのだけれど(苦笑)、自分用データベースのつもりで始めたので、やはり見返して助かることもあるから、特に今回は残しておきたいと




前置き長い

ここから感想始まり始まり


最近の流れではあるし、たぶん人種の違いを視覚的には出してこないだろうと思っていて、それは2016年の菊地創さん演出バージョンもだったし、前回2020年の藤田俊太郎さん演出版もそうだった、そして昨年藤田さんが演出した『ラグタイム』も


菊地さんは役者の手首に巻いたスカーフ?ハンカチ?で色分けしていたし、ラグタイムでも藤田さんは衣装の色で人種を分けていた


2020年、VIOLET役をされていた優河さんの歌声が突出してたことが優先され記憶に残っていて、細かい演出のことまで覚えていないので、前回もあった演出なのかどうかとか、そこは突っ込まないでw


アフリカ系アメリカ人公民権運動と思われる映像がステージ奥に映し出され、フリック役の東啓介さん、saraさん、谷口ゆうなちゃんがステージの際に立ち、迫害されている側なのだとわかる表現が取り入れられていた


あぁ、藤田さんは、ファンデーションの色とか視覚から訴えるのではなく、こうしてこれから始まる物語は黒人が迫害されていた頃の話なのです、この3人はそちら側なのです、と観客にメッセージを送ってるのね、と理解、そして感心したりもして


うん?でもこれってそんな背景もありつつ、幼い頃に斧の刃によってできた顔に大きな傷のあるVIOLETという女の子の話だよね?と冒頭から、?と感心が入り混じってスタート


だから集中力保ちつつ、、、

仮に人種ごとに配役して(すごく大雑把な言い方で自分でもモヤるけど)上演することができたら、この演出はカットだったよなぁ?2019年に先ず藤田さんがロンドンで同作を演出した時はどんなキャスティングだったんだろう? それでも昨今の風潮から全ての人にチャンスを!ってそんな配役は欧米ではできないのだろうか?、、、

などとずっと頭の中でぐるぐると考えていました


そして進んでいくと、あ、この人たちは長距離バスの休憩所(という白人用黒人用と分けるスペース作るほどじゃない場所)で、白人の店員から珈琲一杯買うのすらスムーズにいかないのね、とわたしの思考も徐行することに

意味わかりますか? 伝えられる説明になってない気がして... しかも誰に伝えようとしてるの?自分用の備忘録なんでしょ?なのですが(^^)


考えなくても、スーッと理解が進んでいく演劇もある中、視覚で伝えることをできるだけ削いだ場合、理解するために少しのポーズが入るんだな、という弊害を感じたのです


その反面、この問題ってこうして歩みの速度を止めて考える行為を意識的にしないといけない問題なのだよ、という藤田さんなりのメッセージなのかも?と思ったり


で、また戻るんですよ、この考えに

これってVIOLETのお話だよね?と



そういう想いが出てきては進み、また顔を出すを繰り返し、終盤(一気に端折りたかったわけではw)


いろいろ忘れていて、長距離バスの旅でフリック(黒人)とモンティ(白人)の若い軍人に出会い、3人の関係性とか描かれて、というのはざっくり覚えていたものの、モンティへのそんなに良くなかったイメージが、え?彼女に情抱くなんていいやつ!と思ってしまった単純な自分は、白人だからこそ入ることができたグリーンベレー隊?としてベトナムに行く人よりも、アメリカに残る(少なくともベトナムよりは近いし、戦地でもない)近くにいる方との将来を示唆させる終わり方なんだっけ?(元々シンパシーを感じていながらもモンティの邪魔が入って途絶えていた想いが復活したとはいえ)、と釈然としない状態が続いています


まぁ、小声で言いますが、立石俊樹くんモンティが魅力的に見えたから(とんちゃんがそうじゃないということではないです!)というのも大きいと思いますが


それと、ベトナム戦争に向かう前のアメリカの兵士、って『ドッグファイト』じゃん!と贔屓の過去の出演作と重ねてしみじみして、モンティに感情移入してしまった



2016年はここのところどう感じたんだろう?とブログを覗いたら、なんだこいつ?と自分自身思ってしまうようなダメ出しの連続ブログだったので、ここには貼りませんw



もう一度観たら、そこクリアになるかな?とも悩みましたが、演劇ライターの上村由紀子さんのスペース(こちら)聞いたら、え?ダブルバイオレッツで最後違うの?なにそれ?ってなって、どうやらもう1人のVIOLETちゃんスケジュール的に観られないとわかって、リピート観劇の気持ちが萎んでいったのでした










音の迫力?ボリュームとかではなくて、音楽ジャンルの個性が消されていたように感じました、サイド席だったからかもしれませんが


とはいえ、映像で大活躍のこの方、こんなステキな歌声の持ち主だったの!ということが分かった貴重な観劇でした






斧を振り上げ振り下げる音から始まったと記憶している、2016年版、好きだったな


お父さんの畑中さんも好きだったな、でもたぶんspiくんくらいが父親の年齢設定的には正しいのかもな、などとも考えながら観てました




スタッフ・出演者

[演出]藤田俊太郎

[出演]三浦透子・屋比久知奈(Wキャスト)/東啓介立石俊樹sara若林星弥森山大輔谷口ゆうな樹里咲穂原田優一spi

生田志守葉/嘉村咲良/水谷優月

木暮真一郎/伊宮理恵

※敬称略