自分を癒す
実は大切なことは、自分を癒すことなのかもしれないと、ふと気づいた。
人は誰でも、自分の中にある、子供心を満たそうとする。
それが自然体にできたら私たち大人は皆幸せなのだが・・・。
犯罪を犯してはいけないことは、百も承知。
他人に害を加えないのは当たりまえであって、わたしが言いたいのは、自分自信も、いじめてはいないという事だ。
やりたいことを、正しさという物差しではかると、どうも上手く人生が回っていかないようなのだ。
やりたいことが、自分の幸せにつながっている場合、それはやはりやる価値のある大切な事なのだと思う。
例え、それが周囲の人から、いぶかしい顔をされるような場合においても、やってみたいと思った自分を大切にした方が、結論、楽しいのだ。
すると、そのアクションが、現実に小さな変化を起こすことになる。
例えば、わたしは、こうして、文章を書いていると、妙に落ち着いた気分になれる。
自分の考えもクリアになり、混乱していた思考回路が、みるみると解答を引き出す。
ここが、重要だ。
わたしは文章を書くことが好きなのである。だから、とりあえず書くという作業を行っている。
これは、わたしの癒しの時間でもあるということ。
誰かに何かを教えようとか、だいそれた事は毛頭考えていない。
読んでくれる人がいたら、それは、嬉しい。
自分は何に癒されるのか、何をすると癒されるのか、どんな感情を抱いたとき、自分は癒され、満たされていると気づくことができるのか。
扁桃腺がはれたことと、そこからの考察。
今日は熱が38度でました。
明日は自宅でパーティがあります。
その為にも、近くの内科に行きました。
扁桃腺がはれて、熱がでているとのことでした。
扁桃腺がはれて、のどが痛いのは、菌をそれ以上体内に入れないためとのことです。
私はそれを聞いて、なるほど。のどの痛みは、私を守る為のものなのだと、痛みを愛おしくさえ思いました。
今は、痛みに対しての恐怖心や、いまいましい気持ちがすっかりと消えています。
何か私たち人間が嫌だと思う現象の裏側には、反作用のような学びがあるものです。
熱が私を、痛みつけていると考えるより、熱が菌と戦ってくれていると考える方が、
心が強いです。
ありがとうございます。熱よ。菌と戦ってくださり、感謝いたします~。
どうでもいいことと、どうでもよくないこと。
今日は、娘が熱を出して、一日ずっと、家から出なかった。
けれど、こんな日があってよかった。
本だの、紙類だの整理整頓ができた。本棚には、わかりやすく種類別に本やファイルを並べた。
要らないものを整理すると、気の流れがよくなるのだそうだ。よどんでいた気の流れがよくなったような
気もする。
整理整頓していたら、たくさんメモらしいものが出てきた。
そこには当時、自分が考えていた目標が書かれている。
今は、そこに情熱があるのか、どうなのかがからない。不思議な感覚である。
3月11日の震災後、何かが私を変えたのは確かだと思う。
どうでもいいことと、どうでもよくないことが以前と少しだけ変わったような気がする。
今は自分にとって大切なことが見えている。
自分という人間が欲していることが、クリアになった。
ただ、したいからしてみる。
それでいいような気がする。
人を傷つけるような、悪いことでなければ。
好きなことをすることを、自分に許して生きていきたい。
