不思議なことがあるもので、四半世紀を過ぎたこの身体は毎日スーツをまとっていた。

 

クソガキの頃の私は、「スーツなど着るものか。好きな生き方をしてやろう」と周りが教師やスポーツ選手を夢見ている中で、漠然とそう思っていた。夢を持つことも、将来について語ることをもなく、自分の中を曝け出すことに異常なほどに恥じらいを感じていた。だから道徳の時間は嫌いだった。「どう思った」「何を考えた」「どうすればよかったのか」紙に書かれた空欄の広さに俯くしかなかったあの時間が嫌いだった。そのくせ、周りと同じにはなりたくない。今思えばあのころからずっと中二病だったというか、生まれつきの陰キャ気質というか。斜に構えた中学生のような時間が10年以上、人生の大半がそれだった。

 

そんな人間だったから、受験も就活もまともに取り組まなかった。結果、推薦短大卒ニートが生まれた。カスが過ぎる。

 

そしてニートは東京へ。

 

意味が分からない。半年間バイトもしてなかったニートが突然、後ろ盾もない大都会で一人暮らしを始めたのだ。打算もヒリつきもない大博打。そこから派遣で食いつなぐ日々。打算がなかったから。そこから色々あって、またニート。打算がないから。

 

しかし、この2回目のニート期間が今の自分を作った。

 

・大都会一人暮らし

・ほぼその日暮らしの派遣社員

・を打算なしで辞めた大博打野郎

 

なんか、家賃払えなくない?金、なくね?

 

 

実際は少しばかりの貯蓄を切り崩して1年弱ニートをしていたが、本格的に家賃を払えない可能はあった。その時期はすごかった。あれほどやりたくなかった就活を、藁をもつかむ勢いで始めたのだ。日雇いでも派遣でもいい。当時の私にはとにかく金が必要だったのだ。

 

それから運よく現在の会社に拾ってもらったのが1年前。生活に王手をかけられていたから本気で働いた。馬車馬のようにとは言えずとも、次の仕事をいただけるように、自分なりに全力で向き合った。あのニート期間に就活を経験し、もう手放しに若いとは言えない年齢だと理解させられたから。そのうちネクタイの結び目がだんだん細くなり、鏡に映るスーツ姿が多少はマシになった。

 

 

今は年度末の繁忙期で休日を返上しながら働いている。昔の自分が聞いたら笑うのかもしれない。そんなに急いでどうしたのかと。もっと気楽に生きるべきだと。その頃のお前に告げる──

 

 

 

 

──翌々月の家賃が払えなくなってからが人生の本番だぞ。

 

 

 

 

だっせえ。