知らない土地の商店街を歩く私。
2人の小学生男児が私の傍を走り抜けていく午後。
嗚呼、長閑。
男児A「ほらあれ、“殺す”!」
男児B「字違うじゃん!」
男児A「でも、“殺す”に見えるでしょ?」
男児B「あははは」
嗚呼、平和。
……しかし、“殺す”に見える文字ってなんだ。子供の着眼点、柔軟な発想には驚かされることばかりではあるが、殺すに近い文字が凝り固まった脳みそではパっと出てこない。…………気になってきたな。
男児が走っていった方向に足を運び、それらしい看板を探す。
・カットパーマ みさこ美容室
・カラオケスナック ルージュ
・やさいくだもの 笠井商店
・大自然の恵み THEっ穀´s
…………ダサっ。
そもそも雑穀屋ってなんだろ?
……ああ駄目だ。ダサさに気を取られて、そんなことどうでもよくなる。どういう気持ちでこの屋号にしたのだろうか。書類に「THEっ穀’s」って書いて提出したんだとしたら、相当ヤバい人間の可能性がある。店主の想像がつかない。「大自然の恵み」を付けているあたり、ちょっと気の触れた中年な気がする。マルチをやってて陰謀論を本気で信じていそう。
そして一番ヤバいのは、この話が全部私の妄想であることだ。
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私は食への興味が薄い。
もっと正確に言うと、食事を考える時間が不快である。
おそらく一般的な人、少なくとも私が出会ってきた人は、昼や夜に何を食べるかを楽しみに考えている。それは毎日でなくとも、週末や自分へのご褒美など、みな口々に食べたいものを語っている。
私の場合、そうではないらしい。自分の中の天秤セットの「食」の分銅は、「時間」「価格」「手軽さ」よりずっと軽い。特に最後の「手軽さ」が厄介だ。私は相当な怠惰でもあるらしく、食事の彩よりも、安定した供給を求めている。供給が安定していれば食を考えなくて済むから。
そんなことで、ここ2週間。平日の夜は、日清食品の完全メシばかりを口にしている。400円で栄養バランスの取れた食事が手に入るのだから、企業と時代に多大なる感謝だ。
なんなら平日の昼も、カウンター席が常に空いている店で毎回同じメニューを頼んでいる。怠惰が極み始めた今日この頃。
でもまあ、毎日筋トレはしているからプラマイゼロだと信じている。なんか腹斜筋出てきたし。