私は目玉焼きに対しても特別な感情を抱いている、と先ほど気がついた。

 

まず、目玉焼きは美味しい。塩をかければ安定して美味しいし、醬油をかけるとご飯にも合う。パンに添えられているときは、私はケチャップをかけたりするが、マヨネーズとい選択肢も捨てがたい。

 

だが、目玉焼きを食べたいとは思わない。美味しいものは、基本的にはもう一度食べたくなると考えているが、ゆで卵と同様に、目玉焼きにはそれが一切ない。もちろん、5円で売られてても買わないし、目の前に出されてもヨダレが垂れるわけではない。

 

 

そして、目玉焼きを作るのは楽だ。卵と小さいフライパン、あとは油があれば焼けてしまう。手間がほとんどないが、貴重なたんぱく源として、おかずを一品増やしてくれる。

 

だが、目玉焼きを作るのは面倒だ。黄身が固めの目玉焼きを作ろうと思うと、蒸しの工程が入る。蒸しをするには蓋が必須であるため、洗い物が一つ増えてしまう。

 

 

このような意見が自分の中にあるのだが、お互いが反しているせいで、目玉焼きのことも好きでも嫌いでも、無関心でもない。

 

目玉焼きという感情である。