本日、レスリングがオリンピックの種目として正式に決定いたしました。私個人としては格闘技が好きなので、ぜひ生で見に行きたいと思いました。
オリンピックのイベントとして、聖火リレーがあります。
1964年の東京オリンピックで聖火リレーのアンカーを務めたのは、坂井義則(1963~)さんです。
坂井義則さんは、広島市に原子爆弾が投下された1時間半後に出生しました。坂井義則さんは、被爆者ではないそうです。
坂井義則さんは、東京オリンピックへの出場を目指し、400mと1600mリレーの強化選手に指名されていましたが、代表選考会で敗退してしまいます。
組織員会は、他の選手に決まっていた聖火最終ランナーの地位を「広島への原爆投下の日」に生まれた坂井義則さんに依頼しました。
坂井義則さんは、開会式当日のことを「今から思えば、あの聖火台の隣という場所は特等席でしたよ。真っ青な秋晴れの空と、世界各国から集まった選手たちのカラフルなユニフォーム、それに会場を埋めた人々・・・。あんな光景はそれ以前も以降も見たことがありません。」
「聖火ランナーになって期待や注目されたことが、必ずしも楽しいことばかりでなかったことは事実です。その後も僕は競技を続けましたが、必ず『聖火ランナーの坂井』という枕詞がついてきましたからね。だけど、このおかげで多くの方々と出会えました。これは間違いなく僕にとっての大きな財産になっています。」と語っています。
坂井義則さんは大学を卒業後、フジテレビに入社し主にスポーツと報道分野を担当します。就職先にテレビ局を選択したのは、自身へのマスメディアの過熱報道に接して「マスメディアは面白い商売だな」と思ったからだそうです。
坂井義則さんは、海外有力選手の代理人と出場の交渉を担当したり、東京国際マラソンの実施なども手がけました。
フジテレビを定年退職した後は、フジテレビ関連番組制作会社に再就職してエグゼクティブプロデューサーとして活動されています。
聖火ランナーは、日本オリンピック委員会が推薦するランナー(アスリートや有名人)だけでなく、一般人もいます。
北京オリンピックの際は、走行ルートだった長野市で聖火ランナーを募集しました。
2020年の東京オリンピックでは、沖縄から東京の間にお住まいの方は、聖火ランナーになれる可能性があるかもしれません。募集情報を見逃さないようにしましょう