【書籍紹介】図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか?: 生きものの“同定"でつまずく理由を考えてみる
ベレ出版 (2021/12/14)
183ページ
須黒 達巳 (著)
慶應義塾幼稚舎 理科教諭。
1989年生まれ、神奈川県横浜市出身。
筑波大学在学中の2009 年からハエトリグモの研究をはじめ、
修士号を得た後は、日本産のハエトリグモを全種採集することを目指しフリーターになるほど全身全霊を捧げる。
論文を執筆し、ハエトリグモの新種や日本新記録種を報告する一方で、
講演会や観察会を通して、生き物や自然の魅力を伝えている。
現職着任後は、学校の構内で採集した昆虫・クモを片っ端から同定し、リスト作成に励んでいる。
著書に『世にも美しい瞳 ハエトリグモ』(ナツメ社)、『ハエトリグモハンドブック』(文一総合出版)がある。
『生きものの種を確定させることを「同定」といいます。
「同定なんて図鑑をパラパラめくって同じのを探せばいいんでしょ」と思う人もいるかもしれませんが、
そんな簡単なことではありません
「似ているのが多くて同定に自信がもてない」「どうしてパッと見で同定ができないんだろう……」。
生きものが好きな人のなかにもこのように思っている方はたくさんいます。
「なぜうまく同定できないのか」「どういうプロセスで同定ができるようになるのか」を真剣に考えたのが本書。
勤務先の敷地内で昆虫とクモ800種以上を同定してきた、同定大好きな著者がお届けする、
図鑑と同定のことをトコトン掘り下げた一冊です。』
目次
■第1章 教本を買っただけではバイオリンは弾けない
・知識と腕前
・生き物を見る腕前
■第2章 目をつくるとは
・どれがカ科か
・どんなのがカ科か
・もう目ができてきた
・ホ~ホケキョと鳴くのは?
・何をして目ができたのか
■第3章 知識ゼロからのシダの同定
・花の名前は気にしても
・全体を眺めてみる
・同定形質を把握しておく
・いざフィールドへ
・観察、観察、観察の先に、落ちる
・本当にそれ? 近似種の確認
・「後でわかる」のはよくあること
・別のフィールドに出ることで劇的にレベルアップ
・答えを知りたい
・見えてきたシダの世界
■第4章 みんなちがって、まちがえる
・めくるめく変異の世界
・一個体一個体、一枚一枚
・違いに気づく目と、共通点に気づく目
■第5章 図鑑づくりの舞台裏
・謀りなき選択
・道しるべをどう置くか
・失われている感覚
・使い手にレベルアップを感じてもらいたい
・この写真はどのくらい当てになるの?
・そしてこの本へ
■第6章 果て無き同定の荒野
・学校で何種の虫を採れるか
・キモンハバチにトライ
・検索表は取り扱い注意
・標本数は大きな助けになる
・ツヤホソバエにトライ
・ノメイガにトライ
・『みんなで作る 日本産蛾類図鑑』
・全既知種のリスト、目録
・果て無き同定の荒野
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追記(「あとがき」から引用)
『第3章にAI同定の話を少し書きました。もしかすると、生き物の種名を確定することは、近い未来に「機械でやれば一瞬で済む作業」と化しているのかもしれません。画像解析のみならず、DNAによる同定も、研究の世界ではすでに盛んに行なわれています。生き物の体の一部からDNAを抽出して、得られた塩基配列をデー夕べースのものと照合すると、すでに登録されていればバチッと種名が出ます。こうした同定法を「DNAバーコーディング」といい、現在は生き物そのものでなくとも、例えば池の水に排泄物や組織片などとして含まれるDNA、「環境DNA」を解析する手法もあります。生き物を捕まえたり姿を確認したりせずとも、その池にどんな生き物が暮らしているかがわかってしまうのです。
これらの技術が発達していったら、人力による同定技術などというものは存在意義がなくなるのでしょうか。もしかすると研究の場では必要なくなるときが来るのかもしれません。
けれども、仮にそのような時代を迎えたとしても、私は自分の五感による同定をやめないでしょう。野外で身ひとっで、自分の知識と感覚のみを頼りに、次々と種名を見出せることの喜びは、失われることがないからです。この行為には自身の能力の向上と、自分という存在をたしかに活用しているという手ごたえがあります。もし世の中が「人間の同定技術なんか不要、携帯デバイスですべて解決という流れになっていたなら、人力でそれをやってのけている者は「AIレベルのスキルを持つ超人的な存在」になり、これには一抹の小気味よさがあります。一生懸命に図鑑や論文を引いて同定するのもやめないでしょう。苦労の末に種名にたどり着き、先人の研究の軌跡に思いを馳せることの喜びもまた、失われることがないからです。』