魚卵・稚仔魚の検索システム構築を目指して | ウッカリカサゴのブログ

ウッカリカサゴのブログ

日本産魚類の仔稚魚のスケッチや標本写真、分類・同定等に関する文献情報、
趣味の沖釣り・油画などについての雑録です。

平成2~3年度(一部,4~7年度も継続)に,国からの委託調査の一環として,魚卵・稚仔魚の検索システム構築を目指して,沖山先生(東大海洋研教授),水戸先生(某調査会社顧問),平井さん(某調査会社)ほか(所属・肩書は当時のもの)とともに,魚卵・稚仔魚の同定に関わる情報整理・検討をしたことがある。

●背景・趣旨

電源立地に係わる海域環境影響調査で,「魚卵・稚仔魚」に関しては,調査結果に不明種,不明卵が多く,また,調査機関(会社)によって同定精度も異なっている。

そのため,地元住民・漁業者の不安解消に障害となる場合があり,また,魚卵・稚仔魚の同定方法を標準化することは発生学的,生態学的にも基礎知見として今後益々必要となる課題である。

そこで,魚卵・稚仔魚の同定技術の標準化および同定精度の向上を図ることを目的とし,現時点における魚卵・稚仔魚の分類学的情報の整理を行い,検索マニュアルを作成するとともに,実用的で有効な検索システム構築の可能性の検討を行うこととした。



●方法

まず,日本産魚類大図鑑第二版(益田ら, 1988)に基づき,日本産硬骨魚類(3,362種)について,魚卵と稚仔魚(発育段階別)の形態記載の有無をチェックした。



卵の性状

  浮:分離浮性卵
  凝浮:凝集浮性卵
  粘:粘着卵
  特粘:特殊粘着卵
  付:付着卵
  沈:沈性卵
  胎:卵胎生
魚卵の同定:浮性卵について,ホルマリン固定後の種同定の可能性(池田・水戸,1988による)
  A  :種の同定は可能
  B  :大きな分類群として同定可能
  C  :発生後期になると種の同定が可能
  B・C:発生後期になると大きな分類群として同定可能
  D  :同定不可能
  -  :情報が不十分で判断できないもの
文献番号

  沖山編(1988)の文献番号


・魚卵

魚卵検索のための分類形質の体系的整理を行うとともに,ホルマリン固定後でも同定可能な浮遊性魚卵について,実用的な検索表を新たに作成した。

 

 

 

既存の魚卵検索表を再構成して作成した検索表をもとに,パソコンを用いた画像検索システム(フロッピーペース)の構築を試みた。


同定の困難な魚卵(いわゆる種不明卵)については,統一的なタイプ分けを行うための分類方法を提案した。


日本産硬骨魚類で魚卵の形態が既知の299種を対象として,既存の検索表(池田・水戸, 1988)をもとに形態図を添えた,より分かりやすいと思われる検索表(図)↓を作成した。




・稚仔魚

日本産硬骨魚類の計数形質(鰭条数,脊椎骨数について最大値と最小値)等を整理し,検索に適するリストにまとめた。鰭条数については背鰭,臀鰭,胸鰭,腹鰭,尾鰭の棘条・軟条の区別を行い,両者の合計値も示した。

当時,稚仔魚の形態の判明していた日本産魚類1,144種(日本産稚魚図鑑初版:沖山編,1988)について,稚仔魚の形態図をもとに3発育段階別に,体長に対する体高・肛門前部長・頭長の各比率および黒色素胞分布状態計測・分類・整理し,脊椎骨数(筋肉節数)のデータも加え,これらを検索に適するよう体系的に整理した。


データ活用の1例として,後期仔魚の体長・体高比について,数値の小さい種類順(すなわち体型が細長いものの順番)に並び変えた表↓を作成した。なお、体長・体高比が同じ数値の場合,肛門前部長比の大きい順番とした。

 

黒色素胞の分布状態の類型化については,稚仔魚の体表をおおう黒色素胞の割合により3段階(0~29%:A型,30~69%:B型,70~100%:C型)に分けた。





●検討結果

後期仔魚で体型の最も細長い種類は,体高比が約2%のトカゲギス科sp.であった。

一方,最も体高比の大きな種類はニザダイ科のコクテンサザナミハギであり,体長に対する体高の比率は84%に達した。

体長・体高比と体長・肛門前部長比による科レベルの検索の可能性を検討するため,体高比10%以下(細長いタイプ)の後期仔魚を対象に,体長・肛門前部長比について4階級別に科名を整理した。

体長・体高比が10%以下(細長いタイプ)の後期仔魚の種数は54科163種であった。

それらのうち,体長・肛門前部長比について4階級別に科名を見ると,

 19%以下(肛門が著しく前方に位置するもの)が1科1種(カクレウオ科),

 20~49%が13科40種,

 50~79%が35科78種,

 80%以上(肛門が著しく後方に位置するもの)が18科44種であった。
13科は2つ以上の階級に出現した。

●結論

 

当時の結論は以下のとおりであった。
「今後,階級の細分化を行うとともに,頭長比や黒色素胞分布状態等の新たな分類項目を加えることにより,後期仔魚については少なくとも科レベルの検索の作成は可能と推察される。」

当時(平成初期)はまだパソコンが普及しておらず(文章書きはワードプロセッサー),当然のことながら,パソコン用の表計算ソフト(エクセル)を自在に使いこなせる時代ではなかった。

この検討調査で作成したデータは,計数形質データ(各鰭条数と脊椎骨数についての最大値と最小値)のみが,その後活用されている(日本産魚類検索第三版 (2013)+αに基づくエクセル表を作成した)。

この計数形質エクセル表は,これまで見たことがない稚魚が採集・水中撮影された場合の種・属・科レベルの絞り込みに非常に役に立っている。

今後の魚卵と稚仔魚の分類・同定に関する情報整理の方向性として,まずは現在日本産として知られている全硬骨魚類について,再度,魚卵と稚仔(発育段階別)の形態記載の状況の全体像を整理したエクセル表(データベース)を作ることからスタートする必要があるだろう。

そして,できるだけ多くの形態的形質の性状を入力し,二者択一式検索表ではない(分類形質の破損した個体にも対応できる,発育に伴う形態・形質変化にも対応できる,複数の形質の組み合わせで検索できる)検索システムの構築を目指すのが望ましいと思う(DNAによる同定は別として)。


●引用文献


沖山宗雄(編)(1988).曰本産稚魚図鑑,東海大学出版会,東京.


池田知司・水戸 敏(1988).卵と孵化仔魚の検索,p.999-1083. 沖山宗雄(編),曰本産稚魚図鑑,東海大学出版会,東京.

益田 一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌・吉野哲夫(編)(1988).日本産魚類大図鑑 第二版(解説),東海大学出版会,東京,466pp

参考(備忘録として)
 「日本産魚類大図鑑」初 版      昭和59年(1984年)
 「日本産魚類大図鑑」第二版      昭和63年(1988年)
 「日本産魚類検索-全種の同定」初 版 平成 5年(1993年)
 「日本産魚類検索-全種の同定」第二版 平成12年(2000年)
 「日本産魚類検索-全種の同定」第三版 平成25年(2013年)


ウイキペディア「検索表」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%9C%E7%B4%A2%E8%A1%A8