睦月
親族が互いに往来し、仲睦まじく宴をする月であるからといわれています。
また、稲の実を初めて水に浸す月を指す「実月(むつき)」から 転じたという説もあります。
季節:晩冬(ばんとう)
※小寒から立春の前日まで。
「 国民の祝日 」
1948年 祝日法制定時〜 意義:年のはじめを祝う それまでの四方節(祝祭日の中の四大節)に代わり国民の祝日となった。
宮中では午前5時30分に四方拝(天皇が天地四方の神祇を拝する儀式)が執り行われる。
「元旦」とは「元日の朝」の意味。 お気に入り詳細を見る 正月【1月1日〜3日/7日/15日/20日/31日?】
<年中行事>
門松・しめ飾り・鏡餅などを飾り、その年の豊穣を司る歳神(としがみ)様をおまつりする。
「正月」とは本来、旧暦1月の別名。
古くから、年2度(初春と初秋の満月の日)先祖をお祀りする行事があった。
仏教の影響が強くなり、初秋のものは盂蘭盆会と習合して先祖供養の「お盆(仏事)」、
初春のものは祖霊の神格である歳神を迎える「正月祭(神事)」として区別されるようになったと考えられている。
【 三が日 】
1月1日〜3日。事実上の祝日(元日以外は法定外)で官庁や多くの企業が休日となる。
この期間は掃除や火、水、刃物、お金の使用が禁止されているため
年末に大掃除したり、日持ちのする御節料理を用意する。
【 松の内 】
門松を飾る期間。関東では1月7日(大正月)まで、関西では1月15日(小正月)まで。
【 二十日正月 】
1月20日。正月の祝い納めとして、正月飾りなどはすべて外し、
残った餅や正月料理を食べ尽くす。
★三が日に神様を迎えるための禁止事 ・掃除:神様を掃いてしまう ・火の使用:荒神である火の神様を怒らせてしまう ・水仕事・洗濯や風呂:福の神を流してしまう ・刃物の使用:よい縁も切ってしまう ・大金の使用:その年が散財の年になってしまう
<伝承・風習> 元日〜2日の夜に見る夢。
大晦日〜元旦の夜ではない。大晦日は歳神様を迎えるため眠らない風習が出来きた。
【 一富士二鷹三茄子 】
・富士=「不死・無事」
・鷹=「高い」 ・茄子=「事を成す」実がよく成るので子孫繁栄 起源は諸説あり、
徳川家縁の地である駿河国での高いもの(富士山、愛鷹山、初物のなすの値段)や、富士山・鷹狩り・初物のなすを家康が好んだ等。
<五節句・陰陽五行説>
古来中国では、正月の1日を鶏、2日を狗、3日を猪、4日を羊、5日を牛、6日を馬とそれぞれの日にし、
その動物を殺さない日とした。そして、
7日目を人の日(じんじつ)とし、犯罪者の刑罰は行わないことにした。
春の七草
セリ・ナズナ(ぺんぺん草)・ゴギョウ(母子草)・ハコベラ(小蘩蔞)・ホトケノザ(小鬼田平子)・スズナ(蕪)・スズシロ(大根) 6日の夜にまな板に乗せて囃し歌を歌いながら包丁で叩き、7日の朝に無病息災を願い塩味の七草粥としていただく。
正月の祝膳や祝酒で弱った胃を休める効果もある。
★五節句:
人日 1月7日・上巳 3月3日・端午 5月5日・七夕 7月7日・重陽 9月9日
<祭祀・日本神話>
神無月(旧暦10月)に出雲に赴かない、えびす神を祀る「えびす講」の一つ。
「えべっさん」とも呼ばれる。
商売繁盛を祈願し、小判や米俵などを束ねた吉兆と呼ばれる縁起物をつけた福笹を、福娘から授かる。
主に西日本で行なわれ、西宮神社(兵庫県西宮市)・今宮戎神社(大阪市浪速区)・京都ゑびす神社(京都市東山区)の三社が特に有名。
えびす神社の総本宮である西宮神社では、10日午前6時の開門時に、
一番福を目指して230m先の本殿に走り参りをする「開門神事福男選び」が開催される。
<年中行事> 正月に供えた鏡餅を下げ、木槌などで割り汁粉・雑煮、かき餅などて食べる。
年神様の霊力はお供えした鏡餅に宿るとされ、新しい生命をいただき、無病息災などを祈る。
関東では1月11日、関西では1月15日か20日に行われることが多い。
武家社会において、正月に甲冑の前に供えた具足餅を木鎚などで割って食べた「具足祝い」が一般化した。
刃物で餅を切るのは切腹を連想させるため手や木鎚などで割り、
「切る」「割る」という言葉を避けて「開く」という言葉を使用する。
元々は「刃柄(はつか)の祝い」として、1月20日に行われていたが、
徳川家光の月命日である20日を避け、関東を中心に1月11日に変更された。
それに伴い1月15日だった松の内も1月7日に変更された。
松の内が1月15日の関西では、1月15日か20日に鏡開きを行うことが多い。
『 国民の祝日 』 2000年〜
1948年 祝日法制定時は小正月の1月15日 2000年 ハッピーマンデー制度により改正 意義:おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。
各市町村で新成人(前年の4月2日からその年の4月1日に成人する人)を招いて成人式が行われる。
古来より成人を示す通過儀礼として、男子は「元服(*1)」女子は「裳着(*2)」が行われていた。
*1) 元服(げんぷく):数え年12〜16歳の男子が、氏神社前で大人の服に改め、大人の髪(冠下の髻)を結い、冠または烏帽子をつける。また、幼名から元服名(諱)への改名も行われた。
*2) 裳着(もぎ):初潮を迎えた10代前半の女子に、初めて裳(十二単で腰から下にまとう着物)を着せる。同時に、髪を結い上げる髪上、お歯黒を付ける鉄漿付け、眉を剃る(抜く)引眉が行われた。
明治以降、男子は兵役につくための徴兵検査を受けた。
これが成人式の意味をもち、成人の日制定のきっかけとなる。
祝日法制定の頃は、日本は戦後の貧しい時期であり、 国を成長させる為に最も必要なのは「人材」で、国民自身が成長していくことと考えた。 そのため新成人に「こどもから大人になった自覚を持ってほしい」と願い、
「成人の日」という祝日が出来たと言われている。










