間違え箇所を私に数回訂正された次男が
「これで違ったらホント知らねー!」と怒り心頭な様子。
再度丸つけ…そしてまた…違う。
「違うって言ってんじゃん!教科書見なよ」
「知らねーし」
「だったらもうパパに丸つけやってもらって」
「パパの方がいいし!パパにやってもらうし」
ただ今、プリントは放置中。
むっかつくー
で…
よく考えたら、私の宿題じゃないし。確かに私じゃなくて、パパに頼ってもいいことだし。次男がイライラしてるからって、私までイライラする必要はないんだけれど。
毎度、平和に終わらないこのプリントたち。
本来なら丸つけ学校の先生の仕事だし。なんで私がやんなくちゃいけないんだ。
仕方ないとはいえ休校のアホー
そもそもコロナのバカやろー
八つ当たりしたくなりました。
でも、ホントは。本当の本当は。
次男の「パパの方がいいし」
この言葉がグサッと刺さった気がします…
優しく教えてあげれない私。最後まで付き合ってあげれない私。次男を大切に思ってはいるけれど上手く伝えられていない気がする私。
あぁ自己嫌悪

【こんな私】だから、パパの方がいいって言われちゃったんだ。
【こんな私】だから、優しくないダメな母親だと思われてしまうんだ。
私の中に【こんな私】があるから、次男のたったあれだけのひとことに、
どっぷり罪悪感に浸ってしまうのです。
【こんな私】がなかったら
「そーだよ、パパにやってもらって。私のやる事減ってラッキー♪」としか思いません。
次男は私とのやりとりがイヤになってきて、とりあえずその場を離れたかった。
だって、パパが丸つけしたところで(おそらく)同じイヤな思いをする事になります。
イヤな思いをするのをとりあえず先延ばしにする、という選択をした。
ただそれだけです。
【こんな私】は私の中だけにいる存在です。
罪悪感に浸ってる自分に言ってあげてみます。
大丈夫だよ。次男は私を否定も嫌いになった訳でもないんだよ。私がママで次男は幸せだよ。大丈夫、大丈夫。
…そうなの?…そっかぁ。そう言われてみると、本当だぁ。
実は何事も起こってなかったのだと気づけます。
そうすると、次男の「答え間違い」にしか目がいってないことにも気づきます。
この数日、やり直しの量はものすごく減りました。頑張っている証拠です。
その頑張りは「当たり前(もしくは、なし)」で、間違い箇所だけ指摘されるのです。
なかなかツライ…
次男も悲しかったのかもしれません。
私は次男を否定もしてないし、嫌いでももちろんない。
次男は私を否定もしてないし、嫌いでももちろんない。
次男を抱きしめたら、ようやくお互いの素直な気持ちが通じ合った気がしてあったかくなりました。
ほんの些細な出来事だったけど、これからもこんな自分がいることを見て見ぬふりしないように、寄り添っていけるように、日々過ごしていこうと思います。



